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2011年4月 4日 (月)

「事故の後、36時間後には住民全員が避難していた。情報を隠さないことが重要だ。」元チェルノブイリ作業員(3月26日)

ル・モンド紙は3月26日、25年前のチェルノブイリ原発事故の際に自ら志願して事故の処理にあたった450人の若い「掃除人」の1人、ブラディミル・ナウモフ氏(56歳、事故当時30歳)へのインタビューを掲載した。

ブラディミルは、「福島原発での放射能の汚染除去作業に力を貸して欲しいと言われたら、いつでも力を貸すよ」、と述べる。

ブラディミルのようにチェルノブイリ事故の後、1986年の春から1987年の秋までの間に汚染地域で業務を行った労働者、消防団員、兵士、医療関係者は計60万人にのぼる。

そのうち、50名の消防士と技術者が事故の数ヶ月後に亡くなり、2万人が数年後に亡くなった。また、20万人の人が病気にかかった。

450人いた若い作業員のうち、100人は死に、350人は体を蝕まれ仕事ができなくなった。

「俺たちは若かった。どんな危険があるのか知らなかった。(。。。)放射能は銃弾とは違う。目に見えないし音もしない。でも体への影響は後でやって来た。」

そんなブラディミルがこのような言葉を残している。「事故の時、炉心が爆発した。モスクワの政府にすぐに連絡が行った。でも、政府は何も曖昧にはしなかった。爆発からたった36時間後には、チェルノブイリ原子力発電所の町プリピアットの住民全てが脱出していた。ほら、情報の透明性を保つことが大事なんだ。問題を隠すのは、最悪だよ。」

(Marie Jégo, Le Monde, 2011.03.19&26)

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コメント

突然にコメント失礼します。

「情報に透明性を持たせることの重要さ」には心より同意します。

ただ、その具体例としてチェルノブイリを上げるのはかなり正確性や信憑性に欠けるものと思います。
確かに原子力の街であるプリピアットの避難だけは早かった。けれど、残りの周辺地域には
事態は全く知らされず、30㎞圏内の住民たちの避難が始まったのは1週間後です。
その間に多くの人々が被曝しました。
更に事故処理にあたった人々にも放射線の危険は何も知らされず、60万とも80万とも言われる
事故処理従事者たちの多くが被曝し、その被害は未だにわかっておりません。

また、事故の発生自体をソ連政府は隠しており、事故の翌日に1000㎞以上離れたスウェーデンの
原発関係者がそれを発見したことにより、隠しきれなくなって事故の発表に至っただけ、のものです。

ですから「情報の透明性の重要さ」には私も全く同意いたしますが、それを伝えるためには
「チェルノブイリではこれほどに隠蔽されていたので被害が広がった」という具体例を伝えるべき
ではないでしょうか。
記事の内容からは「チェルノブイリは情報公開されていた」とう事実とは違う情報を受け取る可能性が
高いような気がしてなりません。

突然のコメント、そして長文、失礼いたしました。

貴重なコメントをありがとうございました。仰る通り、チェルノブイリ原発事故の際にも当時のソビエト政府による情報の隠ぺいが多々ありました。当時の事故処理を担当した科学者が自殺した際に残した遺書に記されていた隠ぺい情報を読みながら、ちょうどこの問題について考えていたところでした。

一方で、このブログは既存の記事を御紹介することを主旨としています。そこで、上記の記事につきましてもオリジナルにできるだけ沿った形で掲載させていただくこととしました。また、私の持ち時間が十分でないために、関連トピックに関する全ての情報を集めまとめて掲載することが難しい状況です。他方、必ずしも賛成できない意見であっても、読者の皆様にとって考えるきっかけになると思われる記事につきましては、できるだけ掲載させていただくようにしています。不備なところも多々あるかと思いますが、ご理解を頂ければ幸いです。

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