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2011年7月12日 (火)

「ドイツはなぜ原発をやめるのか?(1)〜『原子力というリスク』を取らない生き方」ルモンド紙/ウルリッヒ・ベック(7月10日)

ヨーロッパの経済を牽引する大国、ドイツ。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、福島での原発事故が勃発した直後、『リスクの社会学』(邦訳『危険社会』)などの著作で知られる環境問題と危機管理専門の社会学者、ウルリッヒ・ベック教授(注1・注2)を電力政策に関する特別専門部会の委員に任命した。その後ドイツ政府は、メルケル政権の元で脱原発政策へと大きく舵を切ってゆく。

ドイツの政策転換の背景にあるのは、どのような考え方なのだろうか。

こうした疑問に答えるべく、ルモンド紙は7月10日、ドイツ政府が電力政策を転換するに至った議論と考え方を簡潔に示したベック教授自身による寄稿論文を掲載しました。(一部要約しています。又、小見出しは訳者によるものです。)

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遂に「原子力後」(ポスト原子力)の時代がやって来る

ウルリッヒ・ベック

ここでこれから述べるのは、今後2021年に向けて原子力発電から自然エネルギーによる発電へと転換をはかろうとしているドイツ政府の政策基盤となった、専門家による提言の一部分である。ドイツは原子力発電から脱却することが、実は強い経済を作り出す重要なチャンスの源であることを、これから証明するだろう。


1.原子力推進派による批判〜脱原発は「非理性的」で「原始的」?

「あなたたちドイツ人は孤立している。」

アメリカの環境活動家スチュワート・ブラント(注3)は、ドイツによる脱原発政策をこのように批判し、次のように続けた。

「ドイツの行動は無責任だ。経済的な観点からも、地球温暖化の危機への配慮を行うという意味でも、我々は原子力発電をやめることはできない。」

英国ガーディアン紙のジョージ・モンビオット編集長は、「これまで原子力について疑念を抱いたこともあったが、福島での原発事故で原子力エネルギーの価値を確信した」と述べて、原子力発電に対しこれまで以上に高い評価を行っている。

「日本の原子炉は(福島原発事故で)史上最悪の地震と津波、という最も厳しい試練を受けざるを得なかった。それなのに、今日に至るまでまだ誰も死んでいない。ほら、だから僕は原子力発電が好きなのさ。」

しかし、ドイツによるエネルギー政策の転換が、ヨーロッパにおける近代性の概念と縁を切り、混沌と森の生活に象徴される原始的な時代へと後戻りすることを示すものだと考えるのは、大きな間違いだろう。

今(ドイツで)力を持とうとしているのは、自ら生み出した危機に直面した時、人々が新しいことを学ぶことのできる力、そして近代性が新たなものを創り出すことができると考える信念である。

(今(ドイツで)力を持とうとしているのは、一般に知られるドイツ人の非合理性ではなく、自らが生み出した危機に直面して新しいことを学ぶ力、そして近代性が新たなものを創り出すことができると考える信念である。)


2.原子力で複雑・深刻化する現代の「リスク」〜回復できない被害

原子力の推進派は自分たちへの評価と支持をより強固なものにするため、経験から学ぶことの無い固定した「危機(リスク)」概念への支持を呼びかけ、じっくり考えることもなく(250年前の)第一次産業革命の時代を(今日の)原子力の時代に比較している。

(第一次産業革命の時代に受入れられていた)「危機管理」の原理は、想定されうる仮定のうちで最も悪い事態が現実になりうる、従って我々はこうした見方に立って予防策を選択しなければならない、という原則から出発する。例えば家の骨組みが燃えている時には、消防士がかけつけ、保険会社が保険金を払い戻し、必要な医療サービスを惜しみなく与える、といった風に。

(危機に対しては常に「予防策」や「事後の対処」を取り得る、という前提に立った)この公式を原子力発電の危険にあてはめると、(最悪の原発事故が起きた場合でも、ウランは数千年の代わりに数時間しか被曝を引き起こさず、隣接する大都市の住民を退避させる必要は無いことになる。これは、言うまでも無く常道を逸している。チェルノブイリや福島で原子力発電所の事故が起きた後ですらまだ、フランス、イギリス、アメリカ、中国、そしてその他の国々にある原発が安全だと言い続けるのは、経験に基づいて物事を理解することを拒否していることに他ならない。実際には、結論は正反対となる。つまり確実に言えることがあるとすれば、大規模な原発事故が再び起きる、ということだけだ。

大規模な装置で発電すれば、(電力源が何であれ)全てのリスクをゼロにすることはできない、と主張し、石炭による火力発電、植物などの生物体を燃料としたバイオマス発電、水力発電、風力や太陽光による発電を行った場合にも、原子力発電の場合と比較可能な程度のリスクが生じると結論づけることは、原子力発電所で炉心溶融が起きた際に生じる危険についての私たちの知識を否定することになる。

そうした場合に生じる放射能がどれだけ長い間存在し続けるか、セシウムや放射性ヨウ素が人や周囲の環境に引き起こす損害がどれほどのものであるか、最悪の事態が起きた場合に我々が何世代に渡ってその汚染と痛みに耐えなければならないか、を私たちは知っている。そして更には、自然の力によって生み出された代替エネルギーが、原子力のように時間や空間や社会の壁を越えてどこまでも続く被害、といった形でのリスクを引き起こすことは無い、という事実を知っている。
(その2に続く)

<注1>ウルリッヒ・ベック教授略歴

ミュンヘン大学、ロンドンスクール・オブ・エコノミクス社会学教授。
主要著書に『危険社会』(邦訳『危険社会―新しい近代への道-叢書』1998年、法政大学出版局)。「チェルノブイリ原発事故やダイオキシンなど、致命的な環境破壊をもたらす可能性のある現代の危険とそれを生み出し増大させる社会の仕組みとかかわりを追究。科学と政治のあり方から『危険』のメカニズムを分析」(アマゾン・ドットコムによる解説より)。1944年、ポーランド生まれ。

<注2>朝日新聞によるベック教授へのインタビュー記事「原発事故の正体」(2011年5月13日)byねこねこさん
http://nekodayo.livedoor.biz/archives/1537440.html

<注3>「グローバル・ビジネス・ネットワーク」などの主催で知られる科学者。


ルモンド紙によるオリジナル記事
(Ulrich Beck, « Enfin l’ère postnucléaire », Le Monde, 2011.07.10)
http://www.lemonde.fr/idees/article/2011/07/09/enfin-l-ere-postnucleaire-par-ulrich-beck_1546872_3232.html

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コメント

こんにちは! 興味深い記事のご紹介、ありがとうございます。
ガーディアン紙は先日、「英政府が福島の事故を受けて世論操作を画策していた」という暴露記事を載せたので、てっきり反原発なのだと思っていましたが、そういうわけでもなかったんですね。
編集長の言葉を読んで悲しくなりました……。

このインタビュー記事をわたしのブログでも紹介してかまいませんか?

東京茶とら猫さん
遊びに来てくださってありがとうございます。
記事の転載・リンクはどうぞ御自由になさってください(特にお断りは必要ありません)。
私もこれまでガーディアン紙を信頼して愛読しておりましたので、今回の記事には驚きました。多かれ少なかれ、ほとんどのメディアが原子力推進派の影響を受けているということなのでしょうか。ただ、日本のメディアを見ておりますと、会社のトップの考え方と個々の記者の信念には多少ずれがあるように感じます。また、自分たちに利害のある話題についてはフィルターのかかった報道や発言をする人も、別の話題(子どもの被曝など)になるとある程度正直に報道していたりします。いろいろと見比べて判断する目を養ってゆくしかないのでしょうか。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

ありがとうございます。
フランスも原発大国なのに、ルモンドのような高級紙にこういった記事が長く載るということ自体が羨ましいです。日本の大手メディアは電力会社のほうを向いているのが明らかで、本当に情けなくなります。

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