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2011年8月25日 (木)

国は私達を守ってくれるのか?「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く(その2)」ルモンド紙(8月6日)

その1に続き、8月6日に掲載されたフィリップ・ポンス記者による記事「広島から福島へ 原子力の悲劇は続く」の続きを掲載します。

(その1はこちら http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/86-5756.html

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官僚・政治・財界の鉄の三角形がもたらした公害被害

福島での大惨事は、政府への信頼失墜の危機をもたらした。明治維新以来、官僚制度は政治を二次的な地位へと貶め、尊大な態度で国をおさめて来た。こうした方策は、確かにうまくいった。官僚、政界、財界からなる「鉄の三角形」は、日本を世界でも有数の経済大国にまでのしあがらせたのである。

しかし、1960年代から70年代にかけて発生した水俣病その他の公害病が示しているように、問題が無かったわけではない。何百人という人が命を失い、そして一生障害者として生きることになった。既に国家は国民を守ってはいなかった。公害病の被害者たちが自ら何年もかけて戦い、汚染と病の因果関係を否定する国家の態度に終止符を打たせたのだ。

チッソ工場が地域に繁栄をもたらすと信じた水俣の住民たちのように、多くの日本人は学校の教科書すら褒めそやす科学技術に過剰な信頼を抱いていた、と言う事実に気づきつつある。


国家による原発反対者への抑圧、そして福島へ

国民は、政府が危険な道具を制御するための器具を持ち合わせていなかった事実を発見した。原子力産業の監視を行う最高機関が原子力の推進を受け持つ経済産業省の指示下に置かれている。そして経済産業省は各地域で電気会社が市場を独占し、自らの決まりを人々に強制するのを許してきた。1990年代の終わりに現状を変えようとした幾人かの経産省官僚たちは政治家たちに道を塞がれ、その試みは揉み消された。

加えて国家は、地方自治体に対し湯水のごとき補助金によって原子力発電所の建設を受け入れるよう説得した。全ての住民が賛成だった訳ではない。1973年以来、原発反対者達は電力会社に対し地震や津波の危険性を過小評価しているとして裁判を起こして来た。これらの原発反対者達は、常に裁判に負けた。そして、彼等の議論はメディアからも黙視された。近所の住民達から村八分にされ、仕事先から監視され、人々は頭を押さえつけられた。

広島と長崎への原爆投下から66年が経ち、日本は再び原子力の被害者となった。しかし今回は、自らに惨事への責任がある。そして今年、1965年に結成され日本における反原子力運動の中で最も重要な組織である「原水爆禁止日本国民会議」(原水禁)は、「ノーモア広島、ノーモア長崎!」のスローガンに「ノーモア福島!」を加えた。

日本は過去に復興の力を証明した。今回も同じく復興をとげることだろう。しかし今回は、国家と国民の間にある社会契約関係が損なわれている。

(Philippe Pons, « D’Hiroshima à Fukushima, la tragédie du nucléaire », Le Monde, 2011.08.06)

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コメント

ときどき読ませていただいています。仏メディアをこうやって翻訳してくださるねこさんに感謝です。仙台は汚染が福島ほどではないのですが、全く安心できるとはいえず、放射能汚染の問題が震災復興のスローガンに隠れがちです。昨日の市議会選挙は過去最低の投票率となってしまいました。フランスに見習って市民がもっと声をあげるべきと思うこのごろです。

仙台のにこママさん

コメントありがとうございました。お返事が遅くなって申し訳ありません。
私も仙台出身の友人が何人かいるため、時々仙台の放射線レベルを気にして見ていた一人です。心配ですね。東北地方に復興ボランティアでいらっしゃった皆様の健康も、正直なところ大変心配です。知識がある方は結構ですが、危険を認識せずに現地へ向かわれた方も多かったのではないでしょうか。

どうすればもっと市民が主体となって政治を盛り上げられるのか?正直答えはありませんが、一人でも、気の合う仲間と一緒でも、自分にとって一番気になることに(できれば楽しく)自然体で取り組むのが良いのでは、と勝手に思っています。

行政に意見を伝えてゆく、という点では、もちろんデモ等に参加される方もいらっしゃいますし、自治体や文科省や環境省に日々電話をされて改善のためのご意見をおっしゃったり質問をされている方も多くいらっしゃると聞いております。効果のほどはともかくとして、タウンミーティングなども一部の自治体で行われています。こうした様々な場で、たとえば生活空間や食品に関する放射能の測定・公表や除染措置を求めてゆく、ということも一つだと思います(市民への測定機材の貸し出しを実施している自治体もあるようですので、そうした機材の購入を求めることも可能だと思います)。また、既に始めていらっしゃる方もおられますが、数人で一緒に測定器を共同購入し、順番に周囲の線量を計り結果を周囲の住民に公表する、ということも可能かもしれません。科学者の参加や支援が得られれば、より広がりのある取り組みになるでしょう。

また、自主上映会を催してみんなでディスカッションをする、というのも楽しいかもしれません(ちなみに「祝の島」のDVDを上映会用に貸し出しているそうです。http://www.hourinoshima.com/上映会貸出料金/)
その他、歌が好きな方は歌ったり。。本当にいろいろなアプローチがありますよね。。

どんな人にも、それぞれに必ずできることがあると思います。微力でも一緒にがんばって行きましょう。

ル・モンドの8月6日のボンス記者の記事の訳を読みました。仏文専攻の方のようですね。違いますか。 現在80歳の小生も若い頃に第二外語でフランス語を学びました。昨日、図書館で「ル・モンド」の該当箇所の原文を見ましたが、あなたの様な名訳は出来ません。語学力(及び日本語)の差ですね。
 ボンス記者は哀れな被災者や敗北した「原発誘致反対運動」を書いているようですが、例えば雑誌「世界」今月号で鎌田慧さんの記事などは、原発反対で成功例を紹介、そして来る9月19日の「さよなら原発5万人集会を呼びかけておられます。小生は、老齢と「手術」後の体で、明治公園へ行くことは出来ないと思いますが、もう早くも、心は「明治公園」へ赴いております。有難うございました。「さよなら原発」のために、ともに闘ってまいりましょう。健康に気をつけて頑張って下さい。

近藤さん

拙ブログをお読み頂きありがとうございます。また、暖かいお言葉を頂きありがとうございました。仏訳の方は日々苦戦しておりまして、まだまだ勉強不足といつも反省しながら取り組んでいるところです。御紹介頂きました「世界」の記事につきましても読んでみたいと思います。術後でいらっしゃるとのこと、どうか近藤さんもお体に気をつけてください。今後ともご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

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