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2011年10月14日 (金)

今、改めて食品汚染を考える(その3)「姿や場所を変える汚染食品」/『食卓にあがった放射能』高木仁三郎

「その2」に続き、『食卓にあがった放射能』(高木仁三郎&渡辺美記子著、七つ森書館)から、チェルノブイリ事故の後に起きた輸入食品への異変を中心に、身近な食品汚染について考えます。

(当初「その2」としてまとめていましたが、あまりにも長い(!)ので二つに分けました。ご了承ください。)

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●家畜用飼料に広がる汚染

汚染された脱脂粉乳は廃棄されず、直接私たちの口に入る食品だけではなく牛や豚の飼料にもまわされた。

1988年、ポーランド・イギリス・西ドイツ等の国から輸入された飼料用の脱脂粉乳からは、最大で1,060 Bq/kgの汚染が検出され、基準を上回るものについては日本の港から原産国に送り返された(p.140、表6−3。当時の日本の輸入基準は370 Bq/kg)。

日本国内で使用された家畜用脱脂粉乳からは、その後も高い汚染が検出されている(セシウム134と137の合計値。最大値のみ記載。1988年〜1989年製造。p.139、表6-2)。汚染された飼料で生育された家畜の肉や乳への影響が懸念される。

     子牛用 260 Bq/kg
     豚用   215 Bq/kg
     酪農用 110 Bq/kg


●漂流する汚染食品

事故から約3年半後の1989年8月の時点でも、モスクワ等で売られているソーセージ類にはチェルノブイリの汚染肉が多く混入していた。これは、保健省による汚染肉の廃棄処分命令にも関わらず肉が廃棄されず、汚染が比較的低い肉と混ぜてソーセージに加工された結果である。当時、「目新しくない」と現地の新聞では記事として報道すらなされない状況だった。

汚染牛は形を変え、海をこえていった。1989年9月には、アイルランド産の汚染牛肉数百トン以上がオランダで冷凍加工された後に西アフリカへ輸出され、現地の住民にパニックが広がったことが報道されている(p.142)。

また、1988年のはじめ、インド政府はアイルランドより低価格のバター200トンを輸入しミルクに加工して市場に出そうとしたが、「いかなるレベルの汚染物も安全ではない」としてノーベル賞受賞者や労働組合を巻き込んだ反対運動が起きた。


●まとめ

以上のように、汚染された生産物が廃棄されず、国内や他国で加工品に使われたり家畜飼料として使用され、知らないうちに身の回りに出回ることも考えられる。著者は、市民が行政に対し基準値と検査体制の厳格化を求めるとともに、行政・市民の両方が食品の汚染を計測する体制を整える動きが広がりつつあることを記している。

(了)

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