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2012年2月 3日 (金)

「テント村を守れ」世界から枝野大臣に数万人の抗議メッセージ/フクシマ・オーバー・ブログ(1月28日)

他に例を見ない世界運動が展開している。数万通にのぼる(世界からの)抗議メッセージが、一日のうちに枝野経産相大臣に届けられた。経済産業省の前で、原子力利用の永久停止と福島県の汚染地域からの公的避難を求めキャンプを続ける市民と福島の母親たちを支援する何百もの人が、この日経産省が立ち退きの期限に指定した時間に集まった。

経産省は立ち退きを強行しなかったが、立ち退き命令を取り下げていない。これらの市民は、あなたの支援を必要としている。

(一部編集)

( « Tokyo : la tente est restée debout ! », Fukushima Over Blog, 2012.01.27)
http://fukushima.over-blog.fr/(本件に関する記事は下の方にあります)

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コメント

こんにちは。
沢山の方が応援してくれて嬉しいですね。
Fukushimaのブログたまに見させてもらってます。
Pierre Fetetさん職業教育の先生が日本語、英語も入れて凄いなと感心してます。


「原発」都民投票のための署名ちょっと厳しいようなので頑張って欲しいです。
(2012年2月9日 署名締切!)
http://tomintohyo.blog.fc2.com/blog-category-5.html

ユキさん

こんにちは。メッセージをありがとうございます。
私もこんなに反響があったのだと知り驚きました。経産省側も「ぼや騒ぎ」を理由に立ち退きを迫るよりも、他の関連省庁と共に市民側への建設的な提言を行ったり、話し合いの場を定期的に設けてゆくなどの姿勢が必要ではないでしょうか。この機会に「対立」ではない新しい形での政府と市民の関係が生まれてほしいと感じます。

ユキさんには以前御紹介致しましたが、福島の子どもたちの声を拾ったフランス語の短い論文が、フランス人のアリエルさんという方のブログに紹介されていました。フランス人のお知り合いがいらっしゃる方は是非御紹介ください。

「福島の子どもたちのことば」(仏語で三回に分けて掲載されています)
Part 1 http://bistrobarblog.blogspot.com/2012/01/les-paroles-des-enfants-de-fukushima.html
Part 2 http://bistrobarblog.blogspot.com/2012/01/les-paroles-des-enfants-de-fukushima_30.html
Part 3 http://bistrobarblog.blogspot.com/2012/01/les-paroles-des-enfants-de-fukushima_31.html

テント村の趣旨自体には賛成ですが、個人的にはそろそろ撤去したほうがいいと思っています。長引くと官憲側に取り締まりの口実を与えてしまうし、見ようによっては、脱原発派と東電に批判的な経産大臣の両方を排除する絶好の機会である。
極左その他のあらぬ汚名を着せられて、これまでにいくつの反原発運動が抑圧され、潰えたことか。原発受け入れ自治体の影の側面が、東京でも再現されることは十分考えられます。

Unknownさん

コメントをありがとうございました。
政府と市民の間に本質的な問題について正面から議論をする本当の意味での対話が生まれてほしいと思います。

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