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2012年3月20日 (火)

「元の福島を返せ」 僕が見たニッポン 3月11日国会前/シン・ペルミーゾ誌エミリアーノ(3月18日)

3月11日午後4時半。国会に向けて歩き出した市民達の中に、24歳のエミリアーノがいました。地球のちょうど裏側にあるアルゼンチンの首都ブエノスアイレスから、はるばる東日本大震災1年後の日本を取材に訪れた国営放送のジャーナリストが見たニッポンの顔は、どんなものだったでしょうか。

今日はスペイン語で発行される「シン・ペルミーゾ誌」に3月18日付で掲載されたエミリアーノさんの記事の抜粋と、彼自身が撮影した画像のいくつかを御紹介します。大量の警官隊が出動して市民を国会に近づけないよう押し返し、参加者が道路を平和的に行進することすらできない様子に、大きな驚きを覚えたようです。

(尚、フランスねこはスペイン語が読めないため、今回の記事の作成にあたり御関係者からの情報提供と翻訳の御協力を頂きました。改めて御礼申し上げます。)
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この日の東京は、いつもの日曜日と違っていた。ちょうど1年前の3月11日の午後のように、晴れているのに悲しみと不透明感が漂っている。14時46分。大地震の発生からちょうど1年が経つこの時間に、いつもは時間通りの東京メトロが普段は決して見せない遅れを見せた。地下鉄が止まり、一分間の黙祷。メトロ従業員による哀悼の意思表示だ。僕は国立劇場に向かう。追悼式に出席している政府関係者達の様子は、建物の外では劇場の外にある巨大スクリーンを通じてしか伝わって来ない。体の芯まで苦しみ抜いている人たちには特に冷たく距離を置いているように感じられる。同じ頃、遠くの日比谷公園では、デモの先頭を切って最初の数千人の人たちが集まり始めている。まだ自分たちが発した問いへの答えを待ちながら。

追悼式の後、僕は国会方面へ向かう。原子力による汚染の無い日本を求めて集まった人たちに会うために。機動隊の装甲車、何千人もの機動隊員、そしてスピーカーで大声を張り上げ大型車で突っ込んできて小競り合いをしている極右団体。彼等のところをくぐり抜けて、僕はやっとビルの下に集まっている原発反対の市民たちのところにたどり着く。お年寄りも含めたごく普通の人たち、労働者、ミュージシャン、アーティスト、政治家もいる。こういう運動に参加するのに慣れていない人たちだ。

僕たちは国会方面に歩き出す。市民達をひるませようとラウドスピーカーで大声を張り上げる大型車の極右団体の声に、警官隊のメガホンの声が重なる。僕たちは警官隊に取り囲まれて前に進んだ。僕たちは力で歩道の方へ追いやられる。警官隊は国会の周りをがっちり囲んで僕らを建物の近くに近づかせようとしない。僕たちは国会の建物と反対側の歩道を歩くことしか許されない。原発反対を叫んで行進する人たちの中に入って彼等の写真を撮る諜報関係者もいる。だからだろう、たくさんの人たちが将来の嫌がらせを避けるためにマスクをしているようだ。

「私みたいな普通の人たちがね、福島事故が起きて初めて、ここには民主主義が無いんだって気づき始めたの。」

デモに参加している事務員のハナエが言う。

「インターネットでもしょっちゅう検閲があるのよ。」

国会前に着くと、たくさんの人たちが前に出てスピーチを始める。

「今日本では、54基の原発のうち2基だけが動いています。政府はストレステストをすると言っていますが、福島での事故が示したように原発ロビーの傘下で情報を隠しているとすれば、安全は保障されるのでしょうか。」

社民党の福島瑞穂党首が話し始める。

ドイツ緑の党から参加したシルビア・コッティンウールがドイツの脱原発プロジェクトについて話し始める。福島から東京に避難した母親たちの辛い話が続く。原発で働く作業員の安全は守られているのか。東京電力は安全対策も無いままに派遣社員を事故処理作業に巻き込もうとしている。。。

全てのスピーチが終わると、僕たちは一人一人キャンドルを手にして国会の建物を取り囲んだ。日比谷公園からもたくさんの人たちが加わっている。僕は手をつなぐ人たちの間を歩いてゆく。何メーターも、何ブロックも、手をつないだ人たちが続いている。僕たちは口々に同じ言葉を叫んでいた。

「福島を返せ。汚染の無い元の福島を返せ。」

(抜粋、一部編集)
(Emiliano Suárez Perín, « Devuélvannos Fukushima », Sin Permiso, 2012.03.18)
http://www.sinpermiso.info/textos/index.php?id=4800

エミリアーノ・スアレス・ペリンはアルゼンチン国営放送のテレビプロデューサー。シン・ペルミゾ誌に定期的に記事を掲載している。

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コメント

フランスねこさんへ

「私みたいな普通の人たちがね、福島事故が起きて初めて、ここには民主主義が無いんだって気づき始めたの。」

その通りだと思います。
自由報道協会代表の上杉隆氏が言っているように、原発作業員が亡くなっているのに、
この国では未だ警察の捜査、現場検証すらありません。もちろん放射能の影響もあるわけだから、
簡単ではないにしろ、本当に異常な国だと自分は思います。

政府、東電、官僚、そして大手テレビ新聞が結託して情報隠ぺいをし続けています。
デモですら、この国では自由にできないのですから。

抑圧し続けるところに民主主義、人権はないのだと思います。

atsuneco

atsunecoさん

メッセージをありがとうございました。私もエミリアーノさんの記事を読んで、小さな声でも上げて行かなければならないんだなと思いました。誰も私たちに代わって「元の福島を返せ」と叫んではくれないのですから。ちなみにアルゼンチンでもたくさんデモがあるそうなのですが、音楽隊が音楽を奏でたりしてパレードのように楽しいもののようです。ところで先日御連絡頂きましたIRSNの報告書の件ですが、十分ではありませんが先週記事に致しましたので、よろしければお読みください。日本では寒さがまだ続くようですが、御自愛ください。

フランスねこ様へ

外国語報道の翻訳をして下さいまして有り難うございます。
写真のねこちゃんは太っていますが、おフランスのおネコ様でしょうか?丸くて可愛らしいです。

過日の日比谷デモは参加しました。外国の方も参加してくれていました。
本国メディアの報道が少なすぎると思います。
一万人のデモってスゴイことと思うのですが。

あいちゃんさま

メッセージをありがとうございました。猫の国籍は不明ですが、やっぱりちょっと太り過ぎでしょうか。。(:
3月11日の郡山市での集会、および日比谷公園・東電前・国会前でのデモの様子は、日本国内ではあまり報道されなかったかもしれませんが、海外では多くのメディアを通じて報じられています。世界の多くの国々の人々と手をつないで行ったこのデモは、日本にとっての大きな一歩だったのではないでしょうか。フランスのメディアは今も日本の原発問題には比較的関心が高く、先日東京新聞による世論調査で「日本人の80%以上が原子力からの脱却を望んでいる」、という結果が出た件については、国際フランス放送(RFI)というメジャーなラジオ局やルモンド紙を含む大手新聞でも報じられていました。引き続きどうぞよろしくお願い致します。

時々拝見させていただいていました。ブログアップ、ありがとうございます。私は福島県民です。このデモの話、まったくわかりませんでした。
ずっと原発はいらないと思ってきましたが、根が深すぎます。
事故が起きないと危険に気づかないよう、国の陰謀がわからないよう、情報操作がたくみにおこなわれてきましたよね。

新聞のテレビ欄が、人を馬鹿にしてるなあ、と思ってみてしまいます。
いつまで国民をだませると思っているのでしょうか。

pontaさん

メッセージをありがとうございました。
たくさんの警官たちが平和的なデモを威圧した様子に深い印象を受けました。そして、メディアの沈黙にも。
でも、ゆっくりですが、私たちは一緒に前へと進んで行くしかありません。
引き続きどうぞよろしくお願い致します。福島で考えていらっしゃることを是非お知らせください。

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