無料ブログはココログ

« 「震度7でチェルノブイリの10倍の放射能を放出」:第四号機の終わり無き「緊急事態」/ルモンド紙(6月8日) | トップページ | 「3.11後の民主主義とは」フランス・日本・福島の科学者と市民がつくるシンポジウム/日仏会館(6月22日) »

2012年6月12日 (火)

「政府は私たちが死ぬのを待っている」仏核実験の被曝者720人のうち、補償認定は4名のみ/ルモンド紙(5月29日)

南太平洋に浮かぶ美しいサンゴ礁の島、ムルロア環礁(フランス領ポリネシア諸島、注1)。フランスが1960年から1996年にかけ実施した210回にわたる核実験(注2)のうち、193回が南太平洋にある小島、ムルロア環礁とファンガトファ環礁に集中している。

<参考>ムルロア環礁と核実験(画像)
http://www.google.co.jp/search?q=Mururoa&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=603ET_u-O8L6mAWViJnQCg&ved=0CF0QsAQ&biw=1344&bih=693 

今日に至るまで、被曝した市民と軍人の多くが癌で亡くなった。しかし救済を求め「被曝者補償委員会」に提出された720件の申し立てのうち、認定されたのは4件のみにとどまっている。認定された補償額は1万6千〜6万ユーロ(約160万円〜600万円)。高齢化する被曝者たちは、政府への不信を強めている。


●「雑務係」の死

ターラ島出身の農民ルシアン・ファーラは1968年、タロイモ畑での農作業よりも安定した収入源を求め、ムルロア環礁に移り住んだ。その後8年の間、ルシアンはムルロアにあるフランスの政府機関「太平洋核実験センター」と「原子力センター」の核実験サイトで雑務係として働いた。

2004年、ルシアンは気管支と肺に癌を患いこの世を去った。そして2005年以来、ルシアンの妻は、夫の病気と死亡の原因が放射能汚染であることを認定するようフランス政府に求め続けてきた。2010年1月に制定された通称「モラン法」(核実験の被害者への認定と補償に関する法律)により設置された被曝者補償委員会による認定に望みを託していたが、無駄だった。


● 閉ざされた道

5月29日、フランス領ポリネシア諸島(海外県)の首都パペーテ(注3)の行政裁判所はルシアンとムルロアの核実験サイトに勤務していた他の6名の元作業員について、被曝者補償委員会が補償を拒否する決定を行なったことに対する不服申し立てについて検討を行う。元作業員らは、原子力センターが放射能汚染を防御するための十分な安全措置を怠ったと批判している。労働裁判所と控訴院(高等裁判所に相当)は既に元作業員らによる申し立てについての精査を終了しており、今回が最後の裁判となる。

モラン法は当時の防衛大臣の言葉によると「長くでたらめな裁判を避けるため」に制定された。しかし被曝者補償委員会は、核実験が引き起こした放射性被曝により発生する疾病のリスクが「無視できるレベルである」としてこれら作業員の申し立てを排除してきた。更には、ポリネシア系市民による補償の申し立ては今日まで一切認定されていない。

「もうほとんど何も期待していません。病気のリスクが私の子どもたちにまで及ぶのか、それだけが知りたい。」

ムルロア環礁で同じく雑用係として働いていたロベール・ヴォワランは1998年に足に結節腫ができ、リンパ腫と診断された。

「政府は私たちが一人また一人と死んでいくのを待っているのです。補償を払う対象者が減るようにと考えてね。屈辱です。」

「ムルロアの元労働者を守る会」のロラン・オルダムは言う。

被曝者の苦難の現状を変えるために2002年に被曝者救済法案の提出を行なったマリー=エレン・オベールは、フランソワ・オランド新大統領の政策アドバイザーとなった。人びとは待ちつづけている。

(抜粋・要約)

(注1)
○ムルロア環礁(英語)
http://en.wikipedia.org/wiki/Moruroa 

○ムルロア環礁(日本語)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A2%E7%92%B0%E7%A4%81

(注2)フランスの核実験は、植民地統治下のサハラ砂漠と南太平洋ポリネシア諸島で実施された。

(注3)美しい海岸町、パペーテ(画像)。
http://www.google.co.jp/search?q=Papeete&hl=ja&client=safari&rls=en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=_i_XT7huyO-YBenm-Y0D&ved=0CHMQsAQ&biw=1277&bih=633

(Christine Chaumeau,« Mururoa, la plaie toujours à vif des essais nucléaires », Le Monde, 2012.06.07)
http://www.lemonde.fr/planete/article/2012/05/28/mururoa-plaie-toujours-a-vif-des-essais-nucleaires_1708479_3244.html

« 「震度7でチェルノブイリの10倍の放射能を放出」:第四号機の終わり無き「緊急事態」/ルモンド紙(6月8日) | トップページ | 「3.11後の民主主義とは」フランス・日本・福島の科学者と市民がつくるシンポジウム/日仏会館(6月22日) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 「震度7でチェルノブイリの10倍の放射能を放出」:第四号機の終わり無き「緊急事態」/ルモンド紙(6月8日) | トップページ | 「3.11後の民主主義とは」フランス・日本・福島の科学者と市民がつくるシンポジウム/日仏会館(6月22日) »