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2012年7月15日 (日)

「低線量被ばくがもたらす被害を解明せよ」被ばくした動物標本の保存に奮闘する世界の科学者たち/クーリエ・アンテルナショナル&ネイチャー(7月5日)

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(マヤック原子力発電所の入り口に立てられた「汚染地域につき立ち入り禁止」の標識。現在同発電所では使用済み放射性廃棄物の処理が行なわれている。Ozersk, Russia Yakovlev ITAR TASSをネイチャー誌の記事より引用。)


●被ばくした動物の皮膚が教えてくれること

事故を起こした福島原発の近くに住む住民は、低線量被ばくによりどのような影響を受けるのか。CTスキャンなどの医療検査や診療で受ける被ばくは人体にどのような影響を及ぼすのか。年間100ミリシーベルト以下の放射線被ばくによる被害は、いまだ十分に解明されていない。多くの国で原子力産業の労働者に適用されている年間被ばく量の上限についても、それ以下が安全であるとの根拠は無い。このように、低線量被ばくの被害にかんする世界的関心は、この数年間で大きく高まっている。

第二次戦から冷戦期にかけ、旧ソ連、米国、ヨーロッパ、および日本では動物を使った被ばく実験が多数行なわれ、実験に使用された動物の標本(特に被ばくした動物の皮膚)とデータが蓄積された。しかしこれらの貴重な資料は、冷戦終了後の時代の変化とともに打ち捨てられた。日本の広島大学で実施された被ばく実験による資料を含め、低線量被ばくの被害解明の鍵を握るとされる過去の貴重な資料の多くが、既に破壊され失われている。現在では、財政上・倫理上の理由から、過去に実施されたこれらの実験を再現することは不可能と考えられている。旧ソ連、米国、ヨーロッパ―世界の科学者たちは、EU、米国立癌研究所、米国エネルギー省などの支援を受けながら、遺失の危機に見舞われている貴重な動物標本の保存に乗り出した。


●ロシア・オジョルスクに眠る25万匹分の動物標本

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(オジョルスクにある南ウラル生物学研究所に保存された動物標本のサンプル。S Tapio撮影。ネイチャー誌より引用。)


ロシアの片田舎、南ウラル地域に位置するオジョルスクの町(注1)には、動物実験に関わる巨大な秘密が隠されている。この町にある南ウラル生物学研究所では、1950年代初期から冷戦が終わるまで、ネズミ、犬、豚、猿を含むおよそ25万匹の動物が実験のために被ばくさせられた。アルファー線、ベータ線、ガンマー線などの放射線の爆風を当てられた動物もいれば、放射性粒子を食べされられた動物もいる。動物たちがさらされた放射線量は時に即死するほどの強いものであったこともあれば、一見、動物たちに影響がないかのように見えるほど低い放射線量の場合もあった。これらの動物たちが死んだ後、科学者たちはそれぞれの皮を剥ぎ取って放射線がどんなダメージを与えたのかを観察した。また、動物たちの肺、心臓、肝臓、脳、その他の臓器を薄くスライスしてパラフィンに包み、将来顕微鏡で分析できるよう固定した。中には、瓶に入れホルマリン漬けにされた臓器もあった。

なぜこのような実験が行なわれたのか?米国による核攻撃を恐れた旧ソ連政府は、放射線が皮膚にダメージを与え癌などの疾病を引き起こすメカニズムを解明しようとしたのである。1957年にオジョルスク近郊にあるマヤック原子力発電所で起きた原発事故(注2)による惨事の影響に関する懸念もあった。全実験を通じ、科学者たちは被ばくした動物の皮膚を注意深く保存し、実験結果を記録した。被ばくした皮膚の標本収集は、米国、ヨーロッパ、日本でも同様に作成された。その過程で、およそ5億匹もの動物たちが実験の犠牲になったのである。しかし冷戦後、これらのコレクションは破壊されてしまった。しかし今日、低線量被ばくの影響を研究する科学者たちにとってこれらの過去の標本は重要な情報源と見なされている。


●国境を超えた協力

「資金面、倫理面の理由から、同じ規模での動物実験を再び実施することは不可能です。」

米国のシカゴにあるノースウェスタン大学で教鞭を取る放射線生物学者、ゲイル・ウォロシャック教授は述べる。

「でもおそらく、過去の被ばく実験に使われた動物の皮膚を研究に再利用することが可能です。」

広島や長崎で原爆の被害にあった人々や、事故を起こしたマヤック原子力発電所内で働いていて放射能に汚染された労働者たちは、晩年になって通常より高い率で心臓血管系の疾病を発症した。こうして、被ばくが癌以外の病気を引き起こすことが明らかになった。しかし低線量被ばくがこうした疾病のリスクを高めるのかどうか、また高める場合にはどのように高めるのか、は明らかになっていない。

2007年2月、「ヨーロッパにおける放射線学に関する資料収集推進プログラム」は失われかけている貴重な資料を探索するため、オジョルスクの南ウラル生物物理学研究所小さな調査団を派遣した。このプログラムは、1996年にさかのぼりヨーロッパ圏内にある放射能実験によるデータを電子化し保存するイニシアチブである。

オジョルスクの町に近づくためには、ロシア政府からの許可が降りるまで何ヶ月も待たなければならなかった。長時間のフライトのあと、車に3時間揺られ冗長なセキュリティー検査を受けてから、科学者たちからなる調査団の一行は屋根に穴があき窓ガラスが割れた「あばらや」にたどりついた。スライドやノートが床に落ちたままになっている部屋もあった。しかしそれ以外の部屋には、2万3千匹分の動物から採取されたサンプル資料が整然と保存されていた。最盛期には100人以上のスタッフを抱えていた研究所は、冷戦が終ったとたんに4・5名に削減され、全資料の保存管理を任された。厳しい運営環境にもかかわらず、ロシアの科学者達は貴重な資料を守ったのだった。調査団は大きな感銘を受けて帰路についた。

失われつつある被ばく実験に使用された動物の皮膚を保存する動きは、アメリカでも広がっている。少なくともオジョルスク研究所に保管されていた動物の皮膚は、マヤック原子力発電所で放射能にさらされた労働者の皮膚とともに、今後すぐに最先端の保管施設に移される予定だ。

(抜粋、要約。小見出しはフランスねこがつけました。)

(注1)オジョルスクはロシアの北部に位置する人口約8万2千人の町。過去に深刻な放射能漏れ事故を起こしたマヤック原子力発電所の近郊に位置する。

オジョルスク(英語のウィキペディアから)
http://en.wikipedia.org/wiki/Ozyorsk,_Chelyabinsk_Oblast 

オジョルスクってこんな町(画像集)
http://www.google.co.jp/search?q=Ozersk&hl=ja&client=safari&rls=en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=xrQCUM72GM7qmAXftqHqCQ&ved=0CFwQsAQ&biw=1280&bih=628 

(注2)マヤック原子力発電所の周辺では、放射能汚染によると見られる胎児の突然変異等、様々な人体被害が報告されている。2000年、ロシア政府は同発電所を外国からの引き受けた放射性廃棄物の処理場にする提案を行い、村人達の強い反発を招いた。200万人が反対署名を行い、マヤックの村人達は故郷の汚染された土を国会に運び抗議を行った。

当時の抗議の様子(英語、Environment News Serviceより。ショッキングな画像が含まれますので御注意ください。)
http://www.ens-newswire.com/ens/oct2000/2000-10-10-11.html 

(« Les aventuriers de l'archive perdue », Courrier International n°1131, 2012.07.05) 

この記事は、ネイチャー誌の記事を元にクーリエ・アンテルナショナルが掲載しました。仏文記事の元になっているネイチャーによるオリジナル記事(英語)はこちらです。

(Alison Abbott, «Radiation risks : Raiders of the lost archive », Nature, 2012.05.09)
http://www.nature.com/news/radiation-risks-raiders-of-the-lost-archive-1.10599

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コメント

フランスねこさんへ
いつも 情報をありがとうございます。
福島原発事故が起こり 恥ずかしながら改めて原発の怖さを知りました。
1966年にアメリカ空軍の爆撃機が水爆を積んだままポルトガルに墜落した事故に関しての映画が 子供の頃に有ったように思いました。
今になって詳しく情報が多少 流れるようになり酷さが解りました。
日本政府は情報操作し続けているために日本国民は世界的に比べて原子力の知識の無さが 57基もの原発を作るのを許したのかと悔やまれます。
また、腹立たしく思っております。

奥田さん

メッセージをありがとうございました。私自身も福島原発事故の後になって知ったことが多くありました。今も勉強しながらこのブログを書かせて頂いています。同じことを二度と繰り返さないよう、みんなで力を合わせて行きましょう。

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