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2012年8月10日 (金)

「原発作業の下請けは被曝隠し」仏の社会学者、勲章拒否で訴え/ルモンド紙(8月8日)

レジオン・ドヌール勲章(フランスにおける最高位の勲章。注1)の効果的な使い方をご存知だろうか?それは、勲章をもらうのを拒否することだ。そしてそれこそが、原子力産業で働く下請け作業員の被ばくその他の労働災害(労災)問題を研究し警笛を鳴らし続けてきた社会学者、アニー・テボ・モニが行ったことだった。

勲章授章の栄誉を伝達したセシール・デュフロ住宅担当大臣に宛てて書いた手紙の中で、テボ・モニ氏は今回の辞退が労働者の健康をとりまく環境の劣悪化と労働者を発癌物質にさらす産業界への監視の目が欠如している問題を警告するためのものであることを説明した。

テボ・モニ氏は健康問題を専門にする社会学者。1983年から2010年に退職するまで、国立医学研究所(Inserm)にて勤務した。レジオン・ドヌール勲章を拒否した理由について、同氏はルモンド紙に次のように語った。もちろん、研究に必要な資金が急に支払われなくなったり(自分が育てた)若い研究者たちが職を断られたりといった労災被害研究への冷遇に憤っていることは否めない。でもそれ以上に、働く人の労働環境が劣悪であるために健康被害が多発している事態を本当に残念に思っているからこそ今回の受賞を辞退したのだ、と。

「(職場での健康被害を無くすための)科学的手法は存在しています。でも、それを使うための政治的な意志が欠如しているのです。石綿被害で起きたことが繰り返されています。石綿にさらされたことと、それによって起きた健康被害の因果関係を否定するといったことが、殺虫剤や石油製品による被害においても起きているのです。産業界ロビーは劣悪な職場環境により労働者に癌が発生している問題について非常に攻撃的な態度をとっています。そして私たちが舌を巻くほど(巧みな)戦略をもって労働災害の認定をやめさせようとするのです。」

テボ・モニ氏は産業界が危険な業務を下請けに出すことで危険を隠蔽していることを非難している。1990年代、この社会学者は原子力業界が下請けを使うことによって労働者の被曝を表向きより見えなくさせていることを示した。テボ・モニ氏によれば、こうしたやり方は有毒物資を扱う他の産業でもごく当たり前のことになりつつある。

「有毒物質にさらされる労働者への監視が、プロによるきちんとした方法で実施されていません。そのために健康被害の問題は闇に葬られるのです。『清掃係』といった職種が(他の正規社員たちの代わりに発癌物質にさらされる役をより弱い立場の労働者に引き受けさせ、)疫学調査でも掴めない『死角』を生み出すのです。」

テボ・モニ氏は必要な調査研究を行うための公的資金の不足についても嘆いている。

「労災に関する調査研究で産業界からの資金に頼るものがどんどん増えています。」

産業界による犯罪は裁かれない傾向がある、と社会学者は指摘する。司法界においても、労災分野について適正な判断を行なうための予算が不足している。

デュフロ住宅担当大臣は8月6日、次のように回答した。

「私があなたを勲章の受賞者に選んだこと、そしてあなたがそれを拒んだことのどちらについても後悔していません。私たちの歩みが繋がりますように。そしてあなたの辞退が一夏の話題に終らず、あなたの戦いの糧になることだけを祈っております。」


(注1)レジオン・ドヌール勲章は1802年にナポレオン一世によって制定されたフランス国内最高位の勲章。日本の紫綬褒章に該当する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8B%B2%E7%AB%A0 

(抜粋、一部編集)

●元の記事:「労災被害を肯定するレジオン・ドヌール勲章はいらない」ルモンド紙(8月8日)
(Hervé Kempf, « Pas de Légion d’honneur pour les maladies du travail », Le Monde, 2012.08.08)

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