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2012年8月

2012年8月30日 (木)

「終わらないフクシマ」/ヒューマンライツ・ウォッチ(3月9日)

福島原発事故が起きてから、約1年半が経とうとしています。あれから何がなされたのでしょうか。
私たちは今も福島とともにいます。

「子ども達のことを考えるとやっぱり(検査を)早く受けさせて、自分の体は大丈夫だっていうことを教えてあげたいんですけど。なかなか個人ではキャパシティーがいっぱいなんですよね・・・子どもの将来のことが一番心配です。」

福島第一原子力発電所から約60 kmの距離にある郡山市で12歳の双子の娘と暮らす父親は語る。

日本政府は「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「子どもの権利条約」の締約国だ。両条約により、日本政府は子どもの健康を守り、健康に関する情報を提供し、医療へのアクセスを保証する義務を負っている。国際法の上では、利用可能な予算や人的資源の範囲で医療サービスの提供を行なうことが許されている一方で、健康に関する情報を恣意的・選択的に扱ったり公表を控えることは許されていない。

「日本政府は、子どもの健康と安全の確保を最優先課題にすべきです。それなのに、不安をかかえた住民たちに対して除染や健康検査の見通しの詳細をしっかり伝えられていません。」

ヒューマンライツ・ウォッチは指摘する。

● 続きはこちら
「日本:福島原発事故から1年 対応まだ不十分」/ヒューマンライツ・ウォッチ http://www.hrw.org/ja/news/2012/03/09/1 

● 写真集も是非御覧ください
« Fukushima One Year On » http://www.hrw.org/ja/node/106126 

(抜粋、一部編集)

2012年8月28日 (火)

ベルギー・ドール原発のひび割れ、1979年の報告書にて指摘―「記憶に無い」弁解に回るベルギー原子力検査庁/Rtbf(8月23日)

ベルギーにあるドール原発第三号機とティアンジュ原発第二号機の原子炉圧力容器で欠陥による深刻なひび割れが生じていた問題で、これらの原発では原子炉が稼働し始める前の1979年の時点ですでに(ひび割れによって)防水性や気密性に問題が生じており、ベルギー政府はこれを認識していたことが分かった。デ・モルゲン紙が8月23日の朝刊で発表した。ベルギー原子力検査庁の書庫に保管されていた1979年当時の書類に記録されていたもの。

<関連記事>「ベルギーのドール原発でオランダ製原子炉圧力容器にひび割れ―世界22の原発でも同じ欠陥の疑い」/ルモンド紙(8月9日)
http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/2289-6fb0.html


1980年1月5日付のデ・モルゲン紙に掲載された記事によれば、(1979年の時点で)既にこれらの原発でひび割れが生じていることが分かっていた。当時のロジェール・ドゥ・ウルフ労働大臣は参議院で公式にこの事実を認め、安全性に関する詳細な調査を行なうことを約束していた。「詳細な調査」は1982年になってやっと実施されたが、これらの原発は稼働するに至っている。
                                          
「これらのひび割れは当時確かに確認されました。でも別の場所にできた別のタイプのひび割れです。ですから昔できたひび割れは現在のものとは全く関係ありません。」

ベルギー原子力検査庁の広報担当官であるカリナ・ドゥ・ビュールはデ・モルゲン紙に反論する。

更に原子力検査庁ベルギー原子力検査庁で局長をつとめるビリー・ドゥ・ルーベレはこう述べる。

「当時のことはあまり覚えていません。」

「おかしい。1970年代の終わりにはドール原発第三号基の建設と稼働を指揮した責任者なのに。(電力会社は)少なくとも全ての検査報告書と原子炉圧力容器に見つかったひび割れに関する情報を全て把握していなければなりません。」

ドイツ人の原子力専門家でドイツ・フランス・ベルギー3カ国における政府アドバイザーを務めるミクル・シュナイダーは指摘し、こう述べる。

「国会は迅速にこの問題を調べる必要があります。」

ドール原発第三号機とティアンジュ原発第二号機は現在、ひび割れについての詳細な調査を実施するため停止されている。再稼働の目処は立っていない。

(要約)

● 元の記事「現在あるひび割れは、1979年にできたものとは全く関係ない」/Rtbf(8月23日)
( Rtbf avec Belga, « Doel : Les fissures actuelles n’ont rien à voir avec celles de 1979 », Rtbf, 2012.08.23)
http://www.rtbf.be/info/belgique/detail_des-fissures-dans-les-cuves-des-reacteurs-nucleaires-deja-signalees-en-1979?id=7825884

2012年8月25日 (土)

福島原発作業員、死亡―「最悪の事態」を恐れる科学者たち/レクスパンジョン(8月23日)

福島原発の作業員が新たに心臓停止で亡くなった。世界の科学者たちは、今後起きるかもしれない新たな「最悪の事態」への不安を強くしている。

2011年3月に起きた福島原発事故以来、5人目の死亡者が発生した。8月22日の東京電力による発表によれば、死亡した福島原発の作業員は50代の男性で、死亡原因は心臓停止。東京電力は今回の死亡について、東京から220キロの距離に位置する福島原発での高い放射線量との関連は無いと推測している。

「作業員が心臓発作で亡くなったことを考えますと、今回の死亡と(作業員の)放射線による被曝に因果関係があるとは思われません。」

東京電力の広報担当者はこのように強調した。

亡くなった原発作業員は、25.24ミリシーベルトの被曝を受けていた。日本の原子力産業で働く関係者は、一年に最大50ミリシーベルトまで被曝してもよいと定められており、5年間で合計100ミリシーベルトまでの被曝が許容されている。東京電力によれば、事故を起こした福島原発では現在約3千人余りの作業員らが働いており、冷温停止の維持と廃炉に向けた事故処理にあたっていると言う。

しかし、科学関係者らは今後最悪の事態を予想している。「ル・ヌーベル・オプセルヴァトゥール」誌は8月21日、チェルノブイリを超える史上最悪の原発事故が福島原発で起きる可能性を示唆する記事を再び掲載した。その原因は、福島原発第四号機の燃料貯蔵プールである。264トンの核燃料と水で満たされたコンクリート製の深さ11メートルの四角いプールは、一枚のプラスチック製カバーで覆われているに過ぎない。そしてこのプールは、これまでに前例の無い甚大な危険にさらされている。(何らかの要因で)プールが倒壊したりプール内の水が干上がれば、264トンの核燃料はチェルノブイリ原発事故で発生した放射線量の10倍にあたる放射線量を放出すると見られている。そうなれば、「近代日本は終末を迎え」、北半球全域にわたる惨禍がもたらされると予想する科学者も複数いる。

東京電力は8月20日、福島原発から20キロの地点で8月1日時点に採取された魚について、政府の基準値を258倍上回る放射線量を検出したと発表した。

(抜粋、一部編集)

●元の記事「福島:原発作業員死亡、最悪の事態を恐れる科学者たち」/レクスパンジョン(8月23日)
(L’Expansion.com avec AFP, « Fukushima : un employé décède, les scientifiques craignent une catastrophe », L’Expansion, 2012.08.23)
http://lexpansion.lexpress.fr/entreprise/fukushima-un-employe-decede-les-scientifiques-craignent-le-pire_326984.html

2012年8月23日 (木)

カザフスタン、IAEAによる国際的使用済み核燃料貯蔵庫の受け入れを希望/リア・ノヴォスティ(8月16日)

カザフスタン(注1)は、国際原子力機関(IAEA)による国際的な使用済み核燃料貯蔵施設の設置を国内に誘致する方向で、9月にIAEAとの協議を行うことを決めた。カザフスタンにおける原子力業界の最大手、カザトムプロム社(注2)のブラディミール・チョコルニク代表が発表した。

「9月17日から25日までウィ―ンで開催されるIAEA総会の席で、IAEA幹部と(誘致に向けた)交渉を行います。」

チョコルニク氏は記者会見でこのように述べ、現在、使用済み核燃料貯蔵施設の設置についての合意書を作成中である旨を付け加えた。今回の施設は軽度の濃縮ウランを一定量のみ保管することができる施設。

(抜粋、一部編集)

(注1)カザフスタンは中央アジアに位置し、ロシアや中国などと国境を接する人口1600万人の国。旧ソ連圏に属し、現在もロシアと緊密な関係にある。1991年以来ヌルスルタン・ナザルバエフ大統領が独裁政治を行っており、労働条件の改善を要求した鉱山労働者、人権問題や労働問題を取材した報道記者、人権活動家らが多く暗殺・殺傷・投獄されている。

<参考>「カザフスタンにおける民主主義の欠落」oD Russia(6月21日)※英語です。
http://www.opendemocracy.net/od-russia/william-courtney/kazakhstans-democracy-gap 

(注2)カザトムプロム社はカザフスタン政府が100%出資する国営の原子力大手企業。系列企業を通じてウラン鉱山の採掘から原子力発電所の建設に至るまでの原子力産業全般を手がけており、ウラン生産量・資源保有量ともに世界最大級。東芝と協力関係にあり、米国ウェスティング・ハウス社、ゼネラル・エレクトリック社、仏アレバ社とも関係を深めている。

(« Le Kazakhstan négociera pour accueillir une banque du combustible nucléaire », Ria Novosti, 2012.08.22)
http://fr.ria.ru/energetics/20120816/195697980.html

2012年8月21日 (火)

チェルノブイリの放射能汚染:若い世代ほど遺伝子変異が蓄積/ルモンド紙(8月16日)

サウス・キャロライナ大学のティモシー・ムッソ教授(生物科学)は、南部パリ大学のアンダース・パップ・モレー教授(動物学)と共に、チェルノブイリ周辺の立ち入り禁止区域における放射能汚染と生態系への影響について研究を行ってきた。福島周辺で蝶の奇形が増加している可能性があるとの研究結果が発表されたのを機に、ルモンド紙はムッソ教授にインタビューを行った。


●ルモンド紙: 1986年に事故を起こしたチェルノブイリ原発周辺の汚染地域(現在のウクライナ共和国)に生息する動物の生態について、何がわかっていますか?

ムッソ教授: 曖昧な点は全くありません。放射線の強度と私たちが調べた生物―複数種の鳥、昆虫、蜘蛛―の状態には非常に強いマイナスの関係があります。汚染地域に住む動物たちは、繁殖数でも健康面でも、汚染されていない地域の動物に比べより劣悪な状態にあります。原因は(各個体における)遺伝子の変異にあります。そしてこの変異は個々の生物にとどまらず、生態系内の動植物同士の関係にも影響を与えています。たとえばチェルノブイリの果樹は、受粉を媒介する昆虫の減少によりひどく衰退しました。


●チェルノブイリ原発事故から26年が経った今、周辺地域での放射線量は低下しています。

その通りです。しかし放射能被ばくによって引き起こされた突然変異は蓄積され、新しい世代ほどより深刻な遺伝上の影響を被っています。それがまさに、私たちの日本の同僚(注:福島周辺での蝶の奇形を報告した大瀧丈二准教授ら研究者)が蝶について見つけたことなのです。第二世代や第三世代は第一世代より更に深刻な(放射能被ばくの)影響を被るのです。


●チェルノブイリでは鳥の数が減少しています。これは放射能による遺伝上の影響に関係するのでしょうか。それとも鳥が食べるものに関係があるのでしょうか。

鳥の数が減少した背景として、複数の要因が組み合わさっていると思われます。放射線量が最も高い地面の上に生息する昆虫を食べる鳥は、他の鳥に比べて最も深刻な影響を受けています。鳥たちに見られる突然変異の原因が何であれ、変異率が最も高い鳥たちは汚染に最も弱い種類の鳥たちです。他の動物に比べて長距離を移動し春に繁殖期を迎える種についても、一つの場所に住み続ける動物に比べより強い負の影響が見られます。


●全ての種が同じように影響を受けますか?

全ての種が(放射能汚染の)影響を受ける訳ではありませんが、大多数が影響を受けています。個体数が増えた動植物もあります。たとえば昨年私たちが福島で調査を行っていた時期、福島の最も放射能に汚染された地域で蜘蛛の数が爆発的に増加したことを確認し、私たち研究者は大変驚かされました。


●チェルノブイリ周辺の植物についてはどうですか?

ほとんど研究がなされていないのですが、既存の研究によれば遺伝性の突然変異が起きる率が上昇しています。そして汚染地域では他の地域に比べ生物の種類がずっと少なくなっています。


●福島とチェルノブイリで異なる点は何ですか?

チェルノブイリでは、原発事故が起きた直後の最初の数か月については動物の生態の変化についての研究がほとんど全くなされませんでした。日本では反対に、研究者たちがずっと早くに調査を開始しています。又、チェルノブイリでは大多数の生物について大きな減少が見られましたが、福島では鳥や蝶の減少がちょうど観察され始めたところです。

(抜粋、一部編集)

●元の記事:エルベ・ケムプ「チェルノブイリでは最近の世代ほど遺伝上の影響」/ルモンド紙(8月16日)
(Hervé Kempf, « A Tchernobyl, « les effets génétiques sont plus grands sur les générations récentes ». Questions à Timothy Mousseau, biologiste à l’université de Caroline du Sud», Le Monde, 2012.08.16)

2012年8月18日 (土)

福島の蝶:後の世代ほど高い奇形率/ルモンド紙(8月16日)

2011年3月の福島原発事故以来、福島周辺の蝶に様々な奇形が観察されている。そしてこれらの奇形が発生する率は、世代を追うごとに増加している。原発事故が原因と見られるこの現象は、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故の後で見られた昆虫や鳥の生態の異変および人体への影響にも重なっている。
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縮んだ羽、曲がった羽、もしくは異常に多い羽をもった蝶たち。変形した触覚、でこぼこの目。変色した体。孵化できなかったサナギたち。不妊になり子どもを産めなくなった蝶。

沖縄県琉球大学の大瀧丈二(おおたき じょうじ)准教授が率いる研究者チームが学術誌「科学報告書」(Scientific Reports)に発表し、ネイチャー誌を通じて公開された調査結果(注1)は、福島県の周辺で蝶の生態に非常に深刻な異変が起きていることを伝えている。

●蝶の写真はこちら(ルモンド紙の記事より)
http://www.lemonde.fr/planete/article/2012/08/15/des-papillons-mutants-autour-de-fukushima_1746252_3244.html 

蝶の羽の色は、気候変動の影響を反映するなど周囲の自然環境の変化に鋭敏に反応することで知られている。今回の調査ではまず福島原発事故が発生した2か月後の2011年5月に、福島原発から200キロ以上離れた東京など10ヶ所を含む地点で144匹のヤマトシジミ蝶が収集された。12%の蝶に羽、目、触覚を中心とした奇形が見られ、実験室での培養では第二世代で18%の蝶に奇形が発生、第三世代では33.5%にのぼった。

事故から6ヶ月後の2011年9月に行なわれた第二回目の調査では、238匹の蝶が採集された。これらの蝶のうち奇形が生じていたのは全体の28%、その後第二世代では52%に同様の奇形が見られた。比較のために実施した実験室内での実験では、健康な蝶に放射線(注2)を照射したところ、同様の奇形が生じることが分かっている。

大瀧教授は福島原発事故により大量に放出された放射能の影響により奇形が発するという因果関係について「科学に100%確実ということは無い」として断定を留保しつつ、「今回のような奇形はかつて見たことがない」として、原発事故が蝶の生態に大きな影響を与えたことを否定しない。研究者チームは福島原発から放出された放射性物質による外部被曝だけでなく、蝶が汚染された木の葉を食べたことによる内部被曝も影響を与えたと見ており、現在より確度の高い検証を行うため、福島県で他の昆虫や小動物について同様の調査を予定している。

「今回の調査は(原発事故が与えた)福島周辺地域の生態系と人間への影響を考える上で貴重な成果です。」

チェルノブイリと福島で原発事故による動植物への放射線被曝の影響を調査しているサウス・キャロライナ大学のティム・ムッソ教授(生物学)は述べる。

「これらの奇形の原因は、被曝の影響以外には説明のしようがありません。」

現在のところ、公式には福島原発事故を原因とする被曝で亡くなった人はいないとされている。しかし医学や生物学の専門家たちは被曝の影響がただちに現れるものでは無いことを指摘しており、こうした(晩発性の)被曝の影響こそが、福島県から避難した8万人の人びとや事故処理にあたる原発作業員たちが危惧する問題となっている。

(抜粋、一部編集)

(注1)Scientific Reportsに掲載された大瀧准教授ら研究チームによる論文はこちら
「The biological impacts of the Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly」(蝶に関する全画像を含む)
http://www.nature.com/srep/2012/120809/srep00570/full/srep00570.html 

(注2)蝶の1ヶ月の生涯を通じ55ミリシーベルトという比較的高い量の放射線を照射し、実験を行った。

●参考: 「フクシマウォッチ:原発事故後にチョウの奇形が増加」/ウォールストリートジャーナル(8月15日) http://jp.wsj.com/japanrealtime/blog/archives/13332/ 

●元の記事:フィリップ・ポンス特派員(東京)「福島の周辺で奇形化する蝶」/ルモンド紙(8月16日)
(Philippe Pons, « Des papillons mutants autour de Fukushima », Le Monde, 2012.08.16)
http://www.lemonde.fr/planete/article/2012/08/15/des-papillons-mutants-autour-de-fukushima_1746252_3244.html

2012年8月16日 (木)

ベルギーのドール原発でオランダ製原子炉圧力容器にひび割れ―世界22の原発でも同じ欠陥の疑い/ルモンド紙(8月9日)

ベルギー・アントワープ市(注1)の北25キロの距離にあるドール原発第三号機(注2)で見つかった原子炉圧力容器におけるひび割れの可能性を発端に、世界8ヵ国、22の原子炉の安全に疑問符が付されている。ひび割れは原子炉が設置された30年前からあったと見られ、長期にわたり検査の目を逃れていた。今回の欠陥は原子力事故の深刻度を示す国際原子力事象評価尺度の1(注3)に分類。欠陥が深刻な場合には、同原子炉は廃止の可能性がある。

ベルギー原子力検査庁が8月7日に明らかにしたドール原発における原子炉圧力容器のひび割れによる欠陥は、同じオランダの企業グループ「ロッテルダム・ドローフドック・マーツハパイ」が原子炉圧力容器を納品したベルギー国内にあるティアンジュ原発第二号機でも起きている可能性がある。ロッテルダム・ドローフドック・マーツハパイ社は今回の問題を受け現在操業を停止している。

今回の欠陥問題で影響を受けるのはベルギーだけではない。ロッテルダム社が原子炉圧力容器を納品したのは米国(10基)、ドイツ(2基)、アルゼンチン(1基)、スペイン(2基)、オランダ(2基)、スウェーデン(1基)、スイス(2基)。これらの原子炉でも同様の欠陥が起きている可能性がある。

ベルギーの原子炉については、現在燃料を取り出して検査を行っており、周辺住民、原発作業員、および環境への危険は無い、とベルギー原子力検査庁および検査を行っているエレクトラベル社は述べている。

今回見つかった欠陥は、圧力容器の設置以来30年間にわたり存在していたとみられる。その間、エレクトラベル社の検査にもかかわらず欠陥は見過ごされていた。フランス放射線防護安全研究所(IRSN)はベルギーの2基の原発について、深刻な欠陥の場合には廃止が必要になる可能性を示唆した。欧州共同体は今回欠陥の可能性が指摘されたヨーロッパ内9基の原発について検査の必要性を指摘した。

(抜粋、一部編集)


(注1)アントワープはベルギー第二の都市で、人口は約46万人。

アントワープの町の様子:
http://www.google.co.jp/search?q=Anvers&hl=ja&client=safari&rls=en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=WN8sUK7WEY3omAWJzoCABw&ved=0CGUQsAQ&biw=1268&bih=633#hl=ja&client=safari&rls=en&tbm=isch&sa=1&q=アントワープ&oq=アントワープ&gs_l=img.3..0l10.154918.158558.0.159281.15.15.0.0.0.4.127.1444.8j7.15.0...0.0...1c.1LpoX_r3JF4&pbx=1&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&fp=d2e2ef4b35c86dd1&biw=1268&bih=633

(注2)三菱重工業は、ドール原発およびティアンジュ原発に蒸気発生器を納品している。
http://www.mhi.co.jp/news/story/0908254842.html
http://www.mhi.co.jp/news/sec1/010226.html  

(注3)評価尺度1は、1995年に「もんじゅ」で起きたナトリウム漏洩事故が該当する。

●元の記事 「22の原子炉で格納器に(ひび割れの)疑惑」/ルモンド紙(8月9日)
(Pierre Le Hir et Intérim « Soupçons sur les cuves de 22 réacteurs nucléaires », Le Monde, 2012.08.09)
http://www.lemonde.fr/planete/article/2012/08/09/soupcons-sur-les-cuves-de-22-reacteurs-nucleaires_1744086_3244.html

2012年8月13日 (月)

パリ‐広島 仏記者がペダルで結ぶ「傷跡の記憶」1万6千キロの旅/ルモンド紙(8月11日)

彼は旅立って行った。
たった一人で、自分の自転車に乗って。忘れられた戦争を訪ねる旅へと。

若い記者は、東へ東へと頑固なまでに国道36号線をたどっていった。そしてボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァ(注1)から広島までの距離を、まっすぐに漕いで行った。ボスニア・ヘルツェゴビナ、モルダビア、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、中国の新疆ウイグル自治区、韓国、そして日本。全長1万6千キロにわたる旅をなし終えるには、およそ1年の時間がかかった。

「ばかげた賭けだ」、と人は言うかもしれない。ラファエル・ボグラン記者がこの冒険をやりとげられるかどうかを疑った者もいただろう。しかし記者が持ち帰った写真や映像の数々―ずばぬけて質の高い画像の数々―がその結果を示している。

人はどのように喪失を受け入れるのだろうか。
どのように別離や故郷からの追放を受け入れるのか。
どのように暮らしを建て直すに至るのか。

30歳の報道記者は、これらの問いへの答えを見つけるために旅立ったのだった。その成果は、誰でも見ることができるようにインターネット上に掲載されている。


■ラファエル・ボグラン記者による旅の紹介(短編、動画)
ル・ポワン誌「自転車で訪ねる戦争の語り部たち」より(仏語ですが、原爆を含めた様々な形での暴力や家族の死に傷ついた各地の人びとの声に耳を傾けながら、自転車で走り続けるボグラン記者の姿が印象的です。御興味ある方は是非御覧下さい。)
http://www.lepoint.fr/monde/paroles-de-conflits-la-guerre-a-velo-07-06-2012-1470533_24.php

■本編「争いの言葉」国際フランス・ラジオ放送より(仏語です。)
http://telechargement.rfi.fr.edgesuite.net/WebDocu/paroles_de_conflits/index.html


●広島へ

広島はボグラン記者にとって象徴的な場所となった。1945年8月6日、命は途絶えたのだ。

「あまりに多くの死体を目の前にすると、人は何も感じなくなってしまうのです。そういう意味で、人間であることは悲しいことです。」

原爆投下から生き残った池田誠子はこのように過去に思いをはせる。被ばく者の息子は、子どもを持っても良いのだろうか、と自問した。

「この地面の下には、原爆犠牲者の心だけがあるのです。5千度の炎に包まれた町は、人の体を塵に変えました。広島の人間は、自分が先祖の体の上を歩いていることを、知らないでいるのです。」

映画作家の田辺雅章(注2)は嘆く。

ラファエル・ボグランが集めた証言は苦しみを語るが、「生」を語ってもいる。私たちは彼らの声に耳を傾け、彼らに質問をする者記者の声にも耳を傾ける。こんな風に、この作品は人間であることについて教えてくれている。

(抜粋、一部編集)


(注1)1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァでは、8千人のボシュニャク人が当時の政府による民族浄化で虐殺の犠牲となった。

スレブレニツァの虐殺
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AC%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%8B%E3%83%84%E3%82%A1%E3%81%AE%E8%99%90%E6%AE%BA 

(注2)田辺雅章氏は広島出身の映画会社社長。原爆投下の当時実家は原爆ドームの隣にあり、両親と弟を失った。被ばく者の証言テープを起こす取り組みも行なっている。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=2012022013322854_ja 

田辺さんの著作 『原爆が消した廣島』(文藝春秋、2010年、1890円)
http://www.bunshun.co.jp/cgi-bin/book_db/book_detail.cgi?isbn=9784163732008 

●元の記事 「スレブレニッツァから広島まで: 自転車で訪ねる1万6千キロの記憶」/ルモンド紙(8月11日)
(Florence Beaugé, « De Srebrenica à Hiroshima 16 000 km de vélo-mémoire », Le Monde, 2012.08.11)

2012年8月10日 (金)

「原発作業の下請けは被曝隠し」仏の社会学者、勲章拒否で訴え/ルモンド紙(8月8日)

レジオン・ドヌール勲章(フランスにおける最高位の勲章。注1)の効果的な使い方をご存知だろうか?それは、勲章をもらうのを拒否することだ。そしてそれこそが、原子力産業で働く下請け作業員の被ばくその他の労働災害(労災)問題を研究し警笛を鳴らし続けてきた社会学者、アニー・テボ・モニが行ったことだった。

勲章授章の栄誉を伝達したセシール・デュフロ住宅担当大臣に宛てて書いた手紙の中で、テボ・モニ氏は今回の辞退が労働者の健康をとりまく環境の劣悪化と労働者を発癌物質にさらす産業界への監視の目が欠如している問題を警告するためのものであることを説明した。

テボ・モニ氏は健康問題を専門にする社会学者。1983年から2010年に退職するまで、国立医学研究所(Inserm)にて勤務した。レジオン・ドヌール勲章を拒否した理由について、同氏はルモンド紙に次のように語った。もちろん、研究に必要な資金が急に支払われなくなったり(自分が育てた)若い研究者たちが職を断られたりといった労災被害研究への冷遇に憤っていることは否めない。でもそれ以上に、働く人の労働環境が劣悪であるために健康被害が多発している事態を本当に残念に思っているからこそ今回の受賞を辞退したのだ、と。

「(職場での健康被害を無くすための)科学的手法は存在しています。でも、それを使うための政治的な意志が欠如しているのです。石綿被害で起きたことが繰り返されています。石綿にさらされたことと、それによって起きた健康被害の因果関係を否定するといったことが、殺虫剤や石油製品による被害においても起きているのです。産業界ロビーは劣悪な職場環境により労働者に癌が発生している問題について非常に攻撃的な態度をとっています。そして私たちが舌を巻くほど(巧みな)戦略をもって労働災害の認定をやめさせようとするのです。」

テボ・モニ氏は産業界が危険な業務を下請けに出すことで危険を隠蔽していることを非難している。1990年代、この社会学者は原子力業界が下請けを使うことによって労働者の被曝を表向きより見えなくさせていることを示した。テボ・モニ氏によれば、こうしたやり方は有毒物資を扱う他の産業でもごく当たり前のことになりつつある。

「有毒物質にさらされる労働者への監視が、プロによるきちんとした方法で実施されていません。そのために健康被害の問題は闇に葬られるのです。『清掃係』といった職種が(他の正規社員たちの代わりに発癌物質にさらされる役をより弱い立場の労働者に引き受けさせ、)疫学調査でも掴めない『死角』を生み出すのです。」

テボ・モニ氏は必要な調査研究を行うための公的資金の不足についても嘆いている。

「労災に関する調査研究で産業界からの資金に頼るものがどんどん増えています。」

産業界による犯罪は裁かれない傾向がある、と社会学者は指摘する。司法界においても、労災分野について適正な判断を行なうための予算が不足している。

デュフロ住宅担当大臣は8月6日、次のように回答した。

「私があなたを勲章の受賞者に選んだこと、そしてあなたがそれを拒んだことのどちらについても後悔していません。私たちの歩みが繋がりますように。そしてあなたの辞退が一夏の話題に終らず、あなたの戦いの糧になることだけを祈っております。」


(注1)レジオン・ドヌール勲章は1802年にナポレオン一世によって制定されたフランス国内最高位の勲章。日本の紫綬褒章に該当する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%AB%E5%8B%B2%E7%AB%A0 

(抜粋、一部編集)

●元の記事:「労災被害を肯定するレジオン・ドヌール勲章はいらない」ルモンド紙(8月8日)
(Hervé Kempf, « Pas de Légion d’honneur pour les maladies du travail », Le Monde, 2012.08.08)

2012年8月 7日 (火)

日本における原子力への異議、前代未聞の広がり(その3)/ルモンド紙(8月5日)

●原発政策に対する福島の思い

こうした中、政府は2030年に向けた原子力発電の位置付けに関する決定を迫られている。日本政府は原子力存続の可否についての国民投票を拒否し、2030年以降も原子力を15%まで維持する案の実施を望んでいる。しかし検討のプロセスに民主主義的な色合いを与える意図で、インターネットや公聴会を通じた意見聴取のしくみづくりが行われた。

最後の公聴会は8月1日、福島市で行われた。人々の想いと緊張が流れる中、30名の市民らは原子力行政担当大臣を務める細川豪志大臣の前でそれぞれの意見を述べた。市民の中には、原発事故による土地の汚染により、避難を余儀なくされた人達も含まれていた。

「福島の原発事故で死んだ人はいない、と言う人がいます。」

一人の市民がこう述べた。

「この方たちは、自殺されたり避難の後で亡くなったお年寄りのことを考えていらっしゃらないのではないでしょうか。」

福島市民の多くが「見捨てられた」という気持ちを強くしている。

「この数か月、何も動きません。政府の行動を見ていると、福島原発事故はもう過去のことだと思わせたがっているように見えます。」

福島原発から25キロの距離にある南相馬市の職員は悔しそうにこう述べた。しかし前代未聞の原発反対運動は、ゆっくりとだが前に進んでいる。

 (了)

(抜粋、一部編集。小見出しはフランスねこが付けました。)

●元の記事:フィリップ・ムズメール特派員(福島)、「日本における原子力への異議、前代未聞の広がり」ルモンド紙/8月5日
(Philippe Mesmer, « Au Japon, la contestation de l’atome prend une ampleur inédite », Le Monde, 2012.08.05)
http://leblogdejeudi.wordpress.com/2012/08/04/au-japon-la-contestation-de-latome-prend-une-ampleur-inedite/(leblogdejeudiに転載されたもの)

日本における原子力への異議、前代未聞の広がり(その2)/ルモンド紙(8月5日)

●広がる「紫陽花(あじさい)革命」

原発に反対する市民らの運動を報じない日本メディアによる故意の沈黙と、運動の規模を小さく見せようとする警察の努力にもかかわらず、「紫陽花革命」にはますます多くの人が参加し始めている。

市民による原発反対運動に先鞭をつけたのは、(福島原発事故の翌日である)2011年3月12日に東京電力本社前で行われた約20人の市民による抗議行動だった。運動は2011年9月、原子力政策を所管する経済産業省前へのテント設置により明確な形を持つものとなった。テントを通じた抗議行動は今も経済産業省前で続けられている。2012年3月29日、13の市民団体がつくる首都圏反原発連合は、首相官邸前で原発に反対する抗議行動を行った。以来、毎金曜日、家族連れを含む多くの市民が参加する形で抗議デモは続けられている。

抗議の声は、政府が大飯原発の再稼働を決定した6月16日以降更なる高まりを見せており、音楽家の坂本龍一氏や鳩山由紀夫元首相などの著名人も参加している。運動の成功は、7月28日の緑の党結成にもつながった。

8月3日、3千人の市民が新たに大飯原発の停止を求める抗議を行った。市民たちは同時に、原子力規制委員会の委員長候補として指名されている田中俊一氏への指名を見直すよう求めている。田中氏は原子力委員会の元委員長代理であり、「原子力ムラ」の重要な一員と見なされている。田中氏は2011年、原子力委員会で公職についていた時期に原子力を推進するための資金を受け取っていたと見られている。同氏への指名は、与党民主党内でも大きな反発を招いた。

(その3に続く)

(抜粋、一部編集。小見出しはフランスねこが付けました。)

●元の記事:フィリップ・ムズメール特派員(福島)、「日本における原子力への異議、前代未聞の広がり」ルモンド紙/8月5日
(Philippe Mesmer, « Au Japon, la contestation de l’atome prend une ampleur inédite », Le Monde, 2012.08.05)
http://leblogdejeudi.wordpress.com/2012/08/04/au-japon-la-contestation-de-latome-prend-une-ampleur-inedite/(leblogdejeudiに転載されたもの)

「日本における原日本における原子力への異議、前代未聞の広がり(その1)/ルモンド紙(8月5日)

将来のエネルギー政策を選択するこの時期、野田首相は原発反対派に面会しなければならないだろう。

●「方向転換」

8月3日(金)に予定されていた野田佳彦首相と原子力に反対する市民らの面会は、最終的に実現しなかった。

「現在準備を行っているところです。近い将来に実現できると思います。」

野田首相は明言した。首相がいかにこの面会を「原発の安全性に異議をとなえるデモの参加者たちの説得にとどめたい」と願ったとしても、今回の面会は政府の方針転換を担うものとなるだろう。7月12日、原子力に反対する市民らとの面会可能性について国会議員から質問を受けた首相は次のように答えている。

「官邸周辺では常にいろいろなテーマについてのデモが行われています。私がこうしたデモの参加者と会うために出て行ったことは、これまで一度もありません。」

野田首相が意見を変えた背景には、福島原発事故が起きた当時首相をつとめ脱原発を支持する菅直人氏の介入があったと見られている。原子力に反対する声は1960年代・70年代以来のかつてない大きな広がりを見せている。世論調査によれば、およそ3分の2の日本人が原子力からの脱却を望んでいるのだ。

(その2に続く)

(抜粋、一部編集。小見出しはフランスねこが付けました。)

●元の記事:フィリップ・ムズメール特派員(福島)、「日本における原子力への異議、前代未聞の広がり」ルモンド紙/8月5日
(Philippe Mesmer, « Au Japon, la contestation de l’atome prend une ampleur inédite », Le Monde, 2012.08.05)
http://leblogdejeudi.wordpress.com/2012/08/04/au-japon-la-contestation-de-latome-prend-une-ampleur-inedite/ (leblogdejeudiに転載されたもの)

2012年8月 5日 (日)

市民への弾圧を強めるベトナム、ブロガー3名を告訴/ルモンド紙(8月3日)

日本は2030年までにベトナムに10基の原発を建設することを計画しています(注1)。しかし共産党による一党独裁支配が続くベトナムでは、自由に発言する市民への弾圧がますます強められています。そして8月7日には、3人の市民が、ブログを書いたことを理由に最長で懲役20年の刑を言い渡されようとしています。

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ベトナム政府がブログを書いた娘を告訴する意向であることに絶望した64歳の女性が、7月30日、ベトナム南部バック・リュー県(注2)の人民議会事務所前で焼身自殺をはかり死亡した。亡くなったのはダン・ティー・キー・リエンさん。リエンさんの娘ター・フォン・タン氏(43歳)を含む3名のブログ執筆者たちは、「国家と共産党に反逆する宣伝行為」を含む罪状でベトナム政府に起訴されている。3名の裁判は8月7日より開始される予定だ。

ター・フォン・タン氏は元政治家で、ベトナムの司法制度の不備と不正をブログで批判して世論の高い評価を得た。しかし2011年9月、ベトナム政府はタン氏を逮捕。「生意気なブロガー」として「偽証罪および国家と共産党への侮辱」を働いたかどで起訴された。

同じく起訴されているのは、南沙諸島などの領土問題で高まる中国とベトナムの緊張関係についてブログで指摘したファン・タンフ・ハイ氏と、政府内の汚職や中国についてのブログ記事を書いたかどで2008年より投獄されているングエン・ヴァン・ハイ(通称デュ・カイ)氏。報道記者自由クラブによれば、3人は最長で懲役20年の刑を求刑される可能性がある。

5月の「世界報道の自由デー」では、米国のオバマ大統領が「デュ・カイ氏を忘れてはならない」と釈放を求めて言及、米国は3名のブログ執筆者についても釈放を求めている。

(注1)「ファム・ズイ・ヒエン元ベトナム原子力研究所所長(2012年4月30日に聞く)」/私のベトナム、そしてアジア
http://blog.goo.ne.jp/buidoinhat/e/ce07c16c56403dd41b41a50b7f0f1078 

(注2)バック・リュー県はホー・チ・ミン市より280キロの距離にある。

● 元の記事「ベトナム裁判所、『国家に反逆する宣伝行為』を理由に3人のブロガーを告訴」ルモンド紙/8月3日
(Bruno Philip, « La justice vietnamienne poursuit trois blogueurs pour propagande contre l’Etat », Le Monde, 2012.08.03)
http://www.lemonde.fr/international/article/2012/08/02/vietnam-trois-blogueurs-accuses-de-propagande-contre-l-etat_1741609_3210.html

2012年8月 3日 (金)

風がもたらしたもの(その2)/クーリエ・アンテルナショナル(7月26日)

●「風の国」を目指すブラジル

レノバ社は今後2つの新事業を計画している。2013年9月までに103の風車からなる6つの風力発電所(容量153メガワット)を立ち上げ、2014年7月までには127の風車からなる9つの風力発電所(容量212.6メガワット)を建設する予定だ。

ブラジルにおける風力発電価格は、新規に参入する企業の増加により毎年低下している。この傾向は、ヨーロッパでの経済危機を背景に新天地を開拓しようという企業が増えたことにより更に鮮明になった。レノバ社のアルト・セルタオ風力発電所では、2009年にメガワット時あたり144.99レアル(約5千5百円)だった電力価格が、2013年9月には121.25レアル(約4千6百円)にまで低下することが既に決定している。

ブラジルで風力発電がこれほどにまで優位に立ったことはかつて無い。現在風力発電の分野で世界20番目の位置につけているブラジルの首都ブラジレイラ市は、来年5千183メガワットの風力発電容量を備えた世界第10位の風力発電の中基地となる。ブラジレイラは今後風力発電容量を6倍に増強し、2016年までに8088メガワットを達成、世界6位の風力発電都市となることを目指している。

ブラジルの主な電力源は水力発電だが、乾季には発電量が不足する傾向にある。風力発電に適した風が吹く5月から11月に水力発電の使用を控えることにより、より安定した電力供給が可能になるという。

(抜粋、一部編集。小見出しはフランスねこが付けました。)


● 元の記事 「ブラジルでは風が十分な恵みをもたらす」クーリエ・アンテルナショナル(7月26日)

Ramona Ordo¨nez,« Au Brésil, autant en rapporte le vent », Courrier International, n1134, le 26 juillet 2012
http://www.courrierinternational.com/article/2012/07/26/au-bresil-autant-en-rapporte-le-vent
(ブラジル・リオデジャネイロ発行「O Globo」紙記事の仏語要約)

風がもたらしたもの(その1)/クーリエ・アンテルナショナル(7月26日)

もしあなたが「風で生きてゆくなんて不可能だ」と思うなら、その前提自体を考え直してほしい。なぜなら、それこそがまさに干ばつ被害で知られるブラジル北東部の寒村セルタオ・ダ・バヒア村(注1)に住む300世帯の家庭に起きつつあることだからだ。

カエティテの町(注2)に住むテレジンハ・マリア・ロシャ・パエスは飼料用のサボテンとイネを畜産農家に売り年に6百~千レアル(約2万3千円~3万8千円)を稼いで生活してきた。しかし風力発電所の建設事業に土地を貸すことになってからは、テレジンハは年5千5百レアル(約21万円)の収入と家具付きの3LDKの家を得ることができるようになった。今日、テレジンハは夫と2人の子ども、そして実母とともに風車の近くにある家に住んでいる。

「神の恵みです。」

テレジンハは言う。


●風力発電が変えたもの

レノバ・エネルジーア社(ブラジルの主要電力会社CEMIGの子会社)は、この地域に184台の風車を備えた14の風力発電所からなるラテンアメリカ最大の風力発電施設を建設した。設備の発電容量は294メガワットで、54万世帯(人口およそ150万人に相当)に十分な電力を供給できる。同社はこの事業に12億レアル(約460億万円)を投じた。発電施設の敷地に住んでいる13万5千人の人々は極度の貧困に喘いでいたが、この事業によって収入の向上をはかることができた。キャッサバ(芋の一種。注3)やトマトや飼料用作物を作って自給自足農業で生活していた貧しい人々の生活に大きな変化がもたらされたのである。

レノバ社がやって来た時、多くの住民達はこれ見よがしに話を疑い、土地を貸そうとはしなかった。そのために同社は事業計画を見直さざるを得なくなり、いくつかの風車についてはその設置場所を変更することを強いられた。しかしテレジンハによれば、当時風力発電計画に反対した人々は今日後悔している。

ジェズリーノ・バルボーサ・ネトは今も妻とともにキャッサバを植え、収穫後はこれを牛車に載せて町まで運び、売ることで生計を立てている。ジェズリーノの年収は400レアル(約1万5千円)を超えることは無い。しかし風力発電所に土地を貸し、賃料を得ることができるようになったおかげで、8人いる子どもたちのうちの1人をサルバドールの医学部に送ることができた、と農夫は得意げに語った。

「私は恐れずに土地を貸しました。そして私の収入は大きく増大したのです。私にとって風力発電は魔法のようなものです。」

(続く)

(抜粋、一部編集。小見出しはフランスねこが付けました。)

(注1)セルタオ・ダ・バヒア村はブラジル北東部の村。主な産業は、牧畜と農業。村の様子(画像):
http://www.google.co.jp/search?q=Sertao+da+Bahia&hl=ja&client=safari&rls=en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=2MgbUOEBo9eYBb-cgaAD&ved=0CE0QsAQ&biw=1277&bih=636 

(注2)カエティテは人口4万7千人の町。町の様子(画像):
http://www.google.co.jp/search?q=Caetité&hl=ja&client=safari&rls=en&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=GsobUL6XCOr6mAWqnICAAg&ved=0CDoQsAQ&biw=1277&bih=636

(注3)キャッサバ
http://ja.wikipedia.org/wiki/キャッサバ 

●元の記事 「ブラジルでは風が十分な恵みをもたらす」クーリエ・アンテルナショナル(7月26日)

Ramona Ordo¨nez,« Au Brésil, autant en rapporte le vent », Courrier International, n1134, le 26 juillet 2012
http://www.courrierinternational.com/article/2012/07/26/au-bresil-autant-en-rapporte-le-vent(ブラジル・リオデジャネイロ発行「O Globo」紙記事の仏語要約)

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