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チェルノブイリ原発事故

2014年5月24日 (土)

チェルノブイリから25年:立ち入り禁止区域の奇妙な生き物たち/ベルギー紙「7日中7日」&仏フィガロ紙(5月12日)

ウクライナの町、チェルノブイリは1986年4月28日に起きた世界最悪の原子力惨事以降、不可解な謎と矛盾が繰り広げられる本物の「実験室」と化した。歴史的事故から25年を経た今日、生態系への事故の影響を把握するため科学者らが立ち入り禁止区域内の動植物についての調査を行った。

フィガロ紙による以下のドキュメンタリー(約3分)は私たちの心を揺さぶる事実を示している。


●フィガロ・マガジン「原子力:チェルノブイリ、その25年後」
(約3分、仏語ですが画像をどうぞ)
http://www.youtube.com/watch?v=gJ-XyP24ME0 
(Le Figaro Magazine “Nucléaire: Tchernobyl, 25 ans après”)


手つかずの自然界は、事故から長い年月がたった今も強力な放射線にさらされ続けていた。変形した蜘蛛の巣、内部の色が大きく変色した木々。特に苔類、キノコ類、及びその他の地衣植物(菌類と藻類が共存する植物群)からは非常に高い濃度の放射性物質が検出された。広葉樹林よりずっと放射線に敏感な針葉樹林は、枯れるか異形化していた。癌や奇形の発生により、鳥の数は半減していた。

科学者たちはセシウムやストロンチウムの危険がおさまるまでには数百年の年月が必要であると指摘する。プルトニウムに至っては24万年の月日が必要となる。2011年に同様の大惨事を経験した福島でも同様の現象が予想されている。

(一部編集)

● 元の記事:「チェルノブイリの奇妙な動物たち」/ベルギー紙「7日中7日」&仏フィガロ紙(5月12日)
(« Les étranges animaux de Tchernobyl », 7 sur 7 & Le Figaro Magazine)
http://www.7sur7.be/7s7/fr/2668/Especes-Menacees/article/detail/1883852/2014/05/12/Les-etranges-animaux-de-Tchernobyl.dhtml

2013年2月15日 (金)

チェルノブイリの石棺、雪で倒壊―80名が避難、放射性物質拡散の危機再び/ルモンド紙(2月15日)

1986年4月26日に起きた史上最悪の原子力事故、チェルノブイリ原発事故から27年が経った今日、ウクライナの首都キエフ市から140キロの距離にある同原発4号機に新たな危機が訪れた。2月12日(火)午後、チェルノブイリ原発の原子炉に隣接する石棺の屋根と壁の一部分が倒壊。1986年、緊急事態の中で急遽建設されたコンクリート製石棺の倒壊は、他の部分にも広がる懸念がある。石棺の老朽化を理由に始まった新たな石棺の建設に関わる関連企業関係者約80名はこの日、現場から避難を行った。

ウクライナ共和国の原子力規制当局から寄せられた情報と画像によると、石棺にはおよそ600平方メートルにわたり陥没。原子力規制当局は石棺が雪の重さに耐えられず倒壊したことによる「些細な事故」と述べている。今回倒壊したのはタービン建屋の関連部分で、内部に閉じ込められた放射性の塵が外部に漏れだす危険がフランス放射線防護原子力安全研究所からも指摘されている。又、倒壊がドミノ式に進めば、190トン近い使用済み燃料が残っているとされる原子炉の覆いまでが崩れる危険性がある。ウクライナの環境市民団体は同国政府が速やかな情報公開を行っていないことに対し懸念を指摘した。

(抜粋、要約)

●元の記事「チェルノブイリ原発の石棺、倒壊の危機」/ルモンド紙(2月15日)
(« Le sarcophage du réacteur de Thcernobyl sous la menace d’un effondrement », Le Monde,2013.02.15)
http://www.lemonde.fr/europe/article/2013/02/14/le-sarcophage-du-reacteur-de-tchernobyl-sous-la-menace-d-un-effondrement_1832714_3214.html

2011年8月25日 (木)

「チェルノブイリ原発事故の被災国・ウクライナ、福島へ放射線測定器等を寄贈」東京新聞・岩手日報(8月19日)

フランス語の記事ではありませんが、興味深い記事だと思いましたので一部をご紹介します。

「東日本大震災から5ヵ月が経過した今も世界各国からの支援が続いている。外務省によると、18日現在、124の国・地域、国際機関が支援を実施し、寄付金は計174億円に上っている。(略)

旧ソ連時代の1986年にチェルノブイリ原発事故が起きたウクライナのクリニチ駐日大使は9日、福島県庁内にある政府の原子力災害現地対策本部などを訪れ、自国製の個人線量計やサーベイメーター、防護マスク各1000個を寄贈した。(略)」

出典:
東京新聞 8月19日「震災義援金 海外から174億円」
岩手日報 8月19日朝刊「大震災から5ヵ月経過 各国支援今も続く」

参考:
外務省発表 各国による物的支援と寄付金一覧(8月17日付)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/saigai/pdfs/bussisien.pdf

2011年6月22日 (水)

「チェルノブイリに学ぶ 〜IAEAの『安全宣言』で何が起きたのか?汚染を生きる子どもたちが支払う代償は」(野呂美加、5月8日)

チェルノブイリ原発事故から25年が経った今も、厳しい放射能汚染に苦しめられ続けるベラルーシ。

1986年に起きた事故の後、1992年から現在にわたり、チェルノブイリ周辺の汚染地域で子どもたちを対象とした救援活動や保養里親運動などを行ってきたNPO法人「チェルノブイリのかけはし」代表の野呂美加さんが、チェルノブイリ原発事故の後に起きた出来事、子どもたちの健康への影響などを5月8日の講演会で証言しました。

講演で触れられている内容には、これまでに当ブログを通じて紹介してきたチェルノブイリ事故の影響に関する記事や文献の内容と重なる部分が多くあるため、関連記事として掲載します。

研究者や記者としてではなく、一人の日本人として経験したチェルノブイリの傷跡、そしてベラルーシで重い病気や家族の死を乗り越えて生き続ける子どもたちの様子が現在進行形で語られています。


★動画
講演会(1)http://www.youtube.com/watch?v=WCfzjHaVu5s
講演会(2)http://www.youtube.com/watch?v=gUTlMdX4brc&feature=related
講演会(3)http://www.youtube.com/watch?v=pNxibOEt7R4&feature=related
講演会(4)http://www.youtube.com/watch?v=dSxNzfKO92w&feature=related

★文字おこし版 「transcription_mika_noro.pdf」をダウンロード
出典:http://plaza.rakuten.co.jp/dassen/

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講演会(1)チェルノブイリでの調査、救援、補償裁判〜全てを遅らせたIAEAの安全宣言

チェルノブイリ原発事故の後にIAEAが実施した調査、そして安全宣言。この安全宣言はなぜなされたのか、そして後に何が起きたのか。福島で現在起きていることとの類似点を指摘。

「一番最初にチェルノブイリに言った時、

『おまえたち日本人のせいでおれたちはひどい目に遭ったんだ』

というふうに言われたんですね。私は救援に行っているのに、いきなり現地の人にすごい文句を言われて、一体日本人が何をしたのよって。。。(中略) IAEAの調査団がやってきて、広島の医者を連れて来てくれて、これで自分たちはようやく助けてもらえると思ったら、その広島の医者が、この小児がんは、(。。。)風土病ですねっていうふうに言って帰って行ったんです。」

100キロ圏内のホットスポットを地図化することの重要性についても触れられています。

途中で紹介されている広瀬隆氏による「チェルノブイリ特集 第1回『潜入!最悪汚染ゾーン(’93.5)』」はこちら
http://www.youtube.com/watch?v=RCDkHQunytE

(以下は講演会の中で直接紹介されていませんが、参考までに掲載)

「チェルノブイリ特集 第2回『子どもに何が起きたか』」
http://www.youtube.com/watch?v=M7u1AyLfkyw&feature=related
「チェルノブイリ特集 第3回『原発汚染 死の生活」
http://www.youtube.com/watch?v=0rDbSMWKGPw&feature=related


講演会(2)内部被曝がもたらすもの

• 現地で5年間、子どもたちの甲状腺がん治療に従事した菅野昭医師
「食品に関してはこまめに放射能を測定し、安全状況をチェックしていくことが必要だ。放射性物質が検出されても規制値以下であれば、大人は食べていいが、乳幼児や妊産婦は控えたほうがいい」

• 子どもの体に起きる抵抗力の低下、体内の急激な老化。→抵抗力を保つために、十分な休養が必要。
• 放射能汚染で集中力が続かなくなる。学校での授業時間を1コマ45分から25分に短縮せざるを得なかった。
• 髪の毛についた放射性物質で自分の頭から高い放射線量が。「洗っても洗ってもとれない」


講演会(3)チェルノブイリから25年。続く汚染と健康被害

• 移住できた人、できなかった人
• 「怖がりすぎても駄目なんですね。もちろん、正しい知識で防衛していかなきゃいけないんですけど。」精神状態を健康に保つことも、厳しい環境では重要になる。
• 放射能汚染で胃腸を痛め食欲が減退する→ペクチンの多い新鮮な果物(リンゴ、桃など)を。


講演会(4)できることは何か

• 子どもは自覚症状を訴えないことが多い→注意が必要。
• 大人にも症状が。自律神経失調症、睡眠障害、心臓、血圧への負担、「風邪」の症状が長引く、だるい→慢性化する。
• 大人も子どもも、休暇などの時期に放射能の低い地域へ移動することが効果的。
• 笑って抵抗力を上げることも重要。
• 健康な食生活〜揚げ菓子やスナック菓子は控えよう


参考:
NPO法人「チェルノブイリのかけはし」http://www.ironnakatachi.com

2011年6月11日 (土)

「フランスが語る『原子力の真実』」(前編)「フクシマ」後に再燃する「国策」原子力への恐怖」ル・ヌーベル・オプセルヴァテール(6月2日)

雑誌「ル・ヌーベル・オブゼルヴァター」は6月1日~8日号で、現EU議会(EUの国会に相等)の環境委員会・副委員長を務めるコリーン・ルパージュの新刊『原子力の真実』を紹介する特集記事を掲載しました。

ルパージュは環境分野を専門とする弁護士で、現在は環境保護を中心に活動するEU議員。1995年から1997年にはフランス・シラク政権の元で環境大臣を務めた。その間、1996年に国家原子力安全委員会から出されたCreys-Malvilleのスーパーフェニックス原子炉(当時は技術面その他の問題で停止中)を再稼働させる要求を却下。その後、同原子炉は廃炉の決定がなされている。

このブログでは、この記事でとりあげられているルパージュの論点を2回に分けて紹介します。

前編では福島での原発事故を踏まえた現時点での現状理解と、国策として守られて来たフランスの原子力セクターへの考察を取り上げます。

後編では、原子力発電による約5兆円もの負債を抱え、経営が危ぶまれるフランス電力公社(EDF)、今後膨大な核廃棄物の処理費用を負担することが見込まれる中、脱原発の流れの中で原子力発電所の建設にかかる発注を失いつつあるアレバ社、12兆円以上の廃炉費用が必要となることが見込まれているフランス原子力セクター、の財政破綻状況について読んで行きます。(以下は要約です。)

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1.原子力への恐怖、再び

福島で起きた悲惨な原発事故は、わが国フランスの立場を全面的に変えてしまった。なぜならこの悲惨な事故は、テクノロジーの発展した民主主義の国、リスクをとらず安全を重んじる文化が深く根付いた国、日本で起きた事故だからだ。

「フクシマ」がフランスにもたらしたのは、原子力への恐怖である。日本政府は福島原子力発電所から20キロ・30キロ圏に住む13万人の住民に対し、圏外への退去もしくは自宅退去を勧告した。30キロメートル?フランスにあるブジェイ原子力発電所とリヨン市(注:フランス第二の都市)の距離は、5キロに満たない。

現実には、福島原発事故により放出された放射性セシウムは40キロを超える地域にまで汚染をもたらした。チェルノブイリ原発事故の際にベラルーシでセシウム137による汚染の被害を受けた子どもたちは皆、深刻な病に侵された。このことを鑑みると、日本政府は退避の対象地域を更に広げなければならないだろう。

しかしどこまで退避の範囲を広げれば良いのか?
そしてどう対処すればよいのか?

海も陸同様に汚染された。福島周辺で生産された農産物は通常の30から40倍もの放射能に汚染されているにもかかわらず、市場に並び売られている。食品に関する放射能汚染の許容量は、飲料水についての放射能汚染の許容量と同じく、福島原発事故の直後に、日本政府によって、すばやく見直しがなされたからだ。


2.「傲慢」という掟

2010年11月、東京電力は新潟工科大学に対し「わが国の原子力発電所における津波の影響評価に関する報告書」を発表、日本の原子力発電所は津波に対して完全な対策がなされていると報告した。この報告書では福島県における津波の高さが5.7メートルまでしか想定されておらず、これに従って福島原発への防御壁が設けられた。2006年、地震学者の石橋克彦は「日本の原子力発電所は地震の影響に対し脆弱すぎる」と日本政府および原子力分野の専門家に対して主張したが、政府や「専門家」に対して異論を述べる異端者として、その声はかき消された。

日本の原子力セクターでは、傲慢さが最後まで掟として貫かれた。これは、非常時の安全対策用発電機に問題があったにもかかわらず、2011年2月に福島第一原発第一号機の稼働を更に10年延長することを承認していた原子力安全・保安委員会の決定にも顕著に表れている。その後に何が起きたか、については私たち皆が知っていることだ。しかし、この悲劇を日本人や単なる一企業による失敗と結論づけるのは短絡的すぎる。これは原子力への国際的な制御、管理、規範に関するシステム全体に欠陥があった結果、起きた事故なのだ。


2.IAEAは我々を守ってくれるのか?

実は、国際原子力機関(IAEA)の唯一の本当の目的は、原子力の開発推進である。この目的は、他の国連機関、特に世界保健機構(WHO)が、IAEAの承認なしには原子力による健康被害に関心を持ち、原子力が原因で起きる健康被害についての情報を自由に公表することができない、という重大な問題を引き起こしている(ところで、「国連環境プログラム」(注:環境問題に関する国連専門機関UNEP)は原子力の話をすることすらできない)。

これは、1959年5月28日にIAEAとWHOの間で締結された、想像を絶する内容の協定(WHA12-40)によっている。この協定は情報の自由を制限していることから多くのNGOから批判を浴びており、複数のNGOが「WHOをIAEAから解放するよう」請願書を提出している。

福島での事故で私たちが目撃したのは、WHOが原子力発電による大惨事に際してもこの協定によってその影響力を弱体化され、本来の責務を果たすことができないという事実である。WHOの存在理由は、少なくとも理論上は、一般の人々の健康について調査を行うことにあるにもかかわらず、である。

この協定の内容は、知っておく価値がある。WHA12-40協定の第3条にはこう書かれている。

「WHOとIAEAは互いが所有する特定の極秘文書について、相手機関がこれらを外部公開しないように措置を取ることを要求できる。」

沈黙を守らせるための方策である。しかし明らかにこれでも足りないらしく、第7条には更にこう書かれている。

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2011年5月29日 (日)

「IRSNが福島原発周辺住民における外部被曝線量を分析。『退避区域』外に残された住民数、年間外部被曝量5mSv以上の区域で約30万人、10mSv以上でも7万人」IRSN(5月23日)

放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)は523日、「福島原子力発電所事故から66日後の北西放射能降下区域住民における外部被曝線量の予測に関する評価」という報告書を発表した。

IRSNはこの報告書の中で、福島原発周辺地域における今後1年間、10年間、一生涯における外部被曝線量(呼吸や食品の摂取による内部被曝を含まない)の予想を各地域の土壌汚染の度合いに従って提示。日本政府が設定している「退避区域」外に深刻な外部被曝が予想される汚染地域が広がっており、年間外部被曝量5mSv以上の区域で約30万人、10mSv以上でも7万人の人が取り残されている現状を示した。報告書は、住民の健康を守るため、少なくとも7万人の「退避区域」外住民を安全な地域に退避させることを提言している。

土壌汚染による外部被曝線量と、取り残されている人々の数

土壌への放射性物質(セシウム137およびセシウム134)の蓄積が1平方メートル当たり600万ベクレルから3000万ベクレルにもなる「最も汚染された地域」(飯舘村等を含む報告書内の地図上で赤く塗られた地域)では、1年間の外部被曝線量が100500ミリシーベルトにものぼる。更に10年間では3801900ミリシーベルト(0.381.9シーベルト)、一生涯(70年で計算)では8164080ミリシーベルト(0.84シーベルト)にもなり、IRSNは「避難が絶対に必要な地域」と指摘している。

このような深刻な汚染にも関わらず、居住地が「退避区域外」とされているために現地にとどまっている人の数は、「最も汚染された地域」において約2200人とされる。

更に、1年間に10ミリシーベルト以上の外部被曝を受けるにもかかわらず居住地が「退避区域外」に指定されているために現地にとどまっている人の数は874km2に住む約69,400人で、うち9,500人が014歳の年少者である。5ミリシーベルト以上の地域で見た場合には、292千人もの人が汚染された地域にとどまっていることになる。

<参考> 被曝による健康への影響

l  1ミリシーベルト         

日本政府が採用している一般公衆の被曝限度。1ミリシーベルトの放射線を浴びた場合、10万人当たり1から37人の人が癌で死亡するとされている。なお、チェルノブイリ原発事故の際には、年間5ミリシーベルトの外部被曝線量を越える地域で避難指示が出された。

l  20ミリシーベルト

米国およびドイツの原発作業員における被曝限度量。

l  250ミリシーベルト

福島原発での事故発生後に日本政府が設定した原発作業員における被曝限度量。

白血球の一時的減少が見られるとされる。しかし広島・長崎への原爆投下の際に

は、100ミリシーベルトの被曝であっても脱毛などの急性障害が出たことが確認さ

れている。

l  34シーベルト

全身に一度に浴びた場合、50%が死亡するとされる。

http://www.nuketext.org/kenkoueikyou.html 

報告書の全体については、是非こちらをお読みください(仮訳は真下俊樹さん)。

NGOGreen Action」による報告書の要約

http://www.greenaction-japan.org/modules/wordpress/index.php?p=504 

★同じく、報告書全文仮訳

http://www.greenaction-japan.org/internal/110523_IRSN_drph2011-10.pdf

2011年5月24日 (火)

「仏の独立研究機関『福島県内でチェルノブイリ原発事故後のベラルーシに匹敵する土壌汚染』」リベラシオン紙/フランスメディア・ニュース(2011.05.20)

「福島県内の放射線濃度はチェルノブイリ事故後に同原発周辺で見られた汚染レベルに匹敵する」


チェルノブイリ原発事故後にフランスで誕生した原発関連の独立研究所の一つAcro(アクロ)は5月20日、日本よりボランティア達が届けた福島原発周辺の土壌、野菜、魚を分析した結果、こう述べた。

福島県全土で、セシウム137が1平方メートル当たり18万5千ベクレル、という、チェルノブイリ事故当時ベラルーシの人びとが移住を許される基準となった汚染の上限濃度を越えていた。


汚染は福島県にとどまらない。福島原発から80キロの地点にある仙台では、野菜が日本政府が設定した基準値すら上回っていた(セシウム134が1キロ当たり790ベクレル、セシウム137については1キロ当たり830ベクレル)。福島原発事故による高度の放射性落下物は、原発から270キロの地点にある神奈川でも見つかっている。


「フランスの研究所が放射能汚染を心配する」フランスメディア・ニュースによる翻訳

http://www.francemedianews.com/article-74461902.html 


リベラシオン紙による記事(仏文オリジナル) (« Un laboratoire français s’alarme de la pollution radioactive à Fukushima », La libération, 2011.05.20)

http://www.francemedianews.com/ext/http://www.liberation.fr/depeches/01012338595-un-laboratoire-francais-s-alarme-de-la-pollution-radioactive-a-fukushima

2011年5月18日 (水)

「WHO総会で日本代表『福島原発事故で癌や白血病は発生しない。死者は1人も出ていないし治療を必要としている人もいない。』」AFP/Romandie.com(5月17日)

スイスのジュネーブで開かれている世界保健機構(WHO)の第64回総会で、放射線医学総合研究所(放医研)の明石真言理事は日本を代表して発言、福島原発事故による健康被害は、チェルノブイリ原発事故の際に起きた被害より小さい、と述べて世界に波紋を広げている。

他方、WHOは1959年に国際原子力機関(IAEA)との間で結んだ協定により、IAEAの合意無しには原発事故の健康被害について自由に発言することができない立場にある。このため、チェルノブイリ原発事故の死者数・傷病者数を実際より少なく見積もったり、チェルノブイリ、広島、長崎で起きた被曝による健康被害の現状調査に関する報告書の出版をIAEAからの介入により見送らざるを得なかった、との指摘がチェルノブイリ事故に関わった各分野の専門家、および元WHO職員からもなされている。

「元WHO職員の証言『福島、チェルノブイリ・・WHOはIAEAが言う数字を繰り返すだけ』」(仏語記事)
http://www.rue89.com/2011/04/06/fukushima-tchernobyl-loms-repete-les-chiffres-de-laiea-198646 

(以下、AFP記事の要約。)

WHO総会の席で明石理事は、「福島原発事故における放射性物質セシウム134・137による汚染はチェルノブイリ事故の時に比べて少なく、健康への被害もチェルノブイリの場合より少ない。」と説明。「放射能により癌や白血病が発生する危険が増すことはないと考えている。」と述べた。


同じく同会合に出席した厚生労働省の大塚副大臣は、福島原発事故による死者はまだ1人も出ていない、と強調、日本政府が福島原発周辺に住んでいた8万5千人を退避させた成果だ、と述べた。明石理事もこれを受け、被曝により治療を必要としている人は現在のところはいない、と公言。しかし、大塚副大臣、明石理事ともに、現状を詳細に調査・監視する必要がある、と述べた。


3月11日に日本の東北地方を襲ったマグニチュード9の地震と津波は、チェルノブイリ原発事故以来の史上最悪の原発事故を日本にもたらした。又、この事故により、(1945年に)広島に投下された原爆の200倍以上の威力に相当する放射性物質が放出されるに至っている。しかし日本政府によれば、福島原発事故で大気中に放出された放射性物質は、チェルノブイリ原発事故の時の量の10分の1に過ぎないという。


http://www.romandie.com/news/n/_Fukushima_les_consequences_sur_la_sante_bien_moindres_que_Tchernobyl_170520111805.asp

(AFP/Romandie.com, « Fukushima : les conséquences sur la santé bien moindres que Tchernobyl », 2011.05.17)

2011年5月 8日 (日)

「放射能汚染に負けない食品の選び方、調理法、解毒法 ~ベラルーシに学ぶ~」放射能防護研究所ベルラード/辰巳雅子訳

先日のIRSNのデータによれば、今後しばらくは食品の放射能汚染が続きそうです。また、現時点での放射能被曝の経路は、食品によるものが主になっています。

汚染された食品からの被曝を防ぐには、どうすれば良いのでしょうか?

以前、ご紹介した『チェルノブイリによる食品と人々への放射能汚染』の著者でもあるA.V. ヤブロコフ教授とA.V. ネステレンコ教授(現所長)が調査や教育活動を行っているベラルーシの独立研究機関、「放射能防護研究所 ベルラード」が、チェルノブイリ周辺の汚染地域に住む人々を対象にベラルーシ語で発行した『自分と子どもを放射能から守るには』という本があります。また、同様の内容のパンフレットも作製されています。

ネステレンコ、ネステレンコ、ヤブロコフ著『チェルノブイリによる食品と人々への放射能汚染』http://franceneko.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-36c1.html 

ベルラード研究所『自分と子どもを放射能から守るには』

http://blog.goo.ne.jp/nbjc/e/747fb9ddd77ef80ac7e86d1f829a7c0a 

下記の3点について、ベラルーシの大人と子どもたちのための活動を長く続けている「チロ基金」の現地責任者、辰巳雅子さんが重要な箇所を日本語に訳してくださっていますのでご紹介します。

1.汚染されにくい野菜、果物、穀物を選ぶ

2.放射線量を減らすための調理法

3.体から放射性物質を排出するための食品、ペクチン

4.カルシウムで放射性物質「ストロンチウム」に負けない体を作る

とりあえずは

l  「ストレスを溜めずさりげなく」で長く続ける。

l  汚染を避ける・減らす、で蓄積する放射能汚染を少しでも「節約」する。

2点に気をつけて気長に構えましょう。(以下、要約です)

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2011年5月 5日 (木)

「原発事故から25年、チェルノブイリの禁じられた世界への旅」ル・モンド紙/ドキュメンタリー(5月2日)

チェルノブイリ原子力発電所周辺の立ち入り禁止区域。

狼、金属の不法取引を行う日蔭者、犯罪者、立ち入り禁止措置実施の後も区域に住み続ける住民。将来を見いだせない若者たち、経済危機で行き場を無くしこの地に辿りついた「ごく普通の」一般家庭。

1986年の原発事故の後、周辺住民のほぼ全てが退避した放射能汚染区域。25年後の今日、いまだ高い放射線で汚染され続けるこの地域は閉鎖された牢獄であり、行くあてのない貧困者にとっての逃げ場でもある。

目に見えない放射能に永久に汚染された土地、チェルノブイリ。

写真家ギヨーム・エルボと新聞記者ブルーノ・マシは過去数年に渡り共に現地を取材してきた。チェルノブイリへの渡航は5回、滞在はほぼ4カ月間にわたる。その間、現地の様子をビデオを撮り、文章に書き、写真に収めてきた。二人が作成した複数の動画や記事は、「パリ・マッチ」、「ジェオ」含め多くのメディアに掲載されている。

ギヨーム・エルボは語る。

「何年もチェルノブイリを取材してきた。時には公式に、時には隠れて。そして2005年になって、チェルノブイリに戻るのをやめた。でも、ウエブ・ドキュメンタリーの手法が現れた時、むしょうに『この地の歴史を今までと違うやり方で語りたい』という衝動に駆られたのです。」

「放射能の危険は目に見えないし、ランダムなものだ。放射能汚染は一様ではなく、豹の毛皮の斑点のように濃淡のあるものなのです。」

「ゾーン」という題をつけられた短いドキュメンタリーは、各写真にカーソルを当てるとそれぞれの町の説明が現れる。写真をクリックすると、更に別の写真が見ら

れるようになっている(以下、画面にある各写真の説明)

http://www.lemonde.fr/week-end/visuel/2011/04/22/la-zone-retour-a-tchernobyl_1505079_1477893.html

1. チェルノブイリの「黒い金」:金属はチェルノブイリ地区の「金」だ。今日、この地域に残されていた軍事用動力装置のほとんどは持ちら去られている。

2. 立ち入り禁止地区での生活は、暴力と孤独に満ちている。

3. ストラコレッシー:チェルノブイリから200キロ離れたこの町は、地区内の「保養地」となっている。

4. イヴァンコフ:この町の若者たちはチェルノブイリの話など聞きたがらない。チェルノブイリ原発第四号基の陰は呪いのようにのしかかっている。

5. パリエスカ:汚染されたこの町は、事故から10年たってやっと退避が行われた。20人余りの住民たちは、今も廃屋の中に暮らし続けている。

6. プリピアート:事故の翌日に全ての住民が退避したこの亡霊のような町は、この何年もチェルノブイリの象徴となってきた。

7. チェルノブイリ発電所は2000年以来、発電を行っていない。しかし維持管理や安全対策のために、今でも2500人もの人が雇用されている。写真は、発電所内部や作業員用の食堂、バーなど。

8. バザール:この地区を整備することは禁止されている。しかしバザール市は町が死に絶えて行くのを見ていることができない。現在、同市は新たな入居者に対し、打ち捨てられた家々を無料で提供している。新しい住民達にとってこの町は逃げ場であり、新たな出発の場所でもある。

Guillaume Herbaut & Bruno Masi, la « Zone », Le Monde, 2011.05.02

http://www.lemonde.fr/week-end/visuel/2011/04/22/la-zone-retour-a-tchernobyl_1505079_1477893.html 

参考:

  • 2人が取材した内容を掲載しているブログ: Retourachernobyl.com

  • 出版されている本:「La ZoneNaïve出版社。

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